2011年3月11日、東日本大震災の夜、渋谷。

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昨日、午後2時45、6分頃だったか、「お、また地震か」と感じたのが始まりだった。はじめは緩かったのが、だんだん揺れが激しくなり、これはヤバイかも、ビルが崩壊して死ぬのかな、なんて恐怖を感じながら事務所のデスク横の本棚を支えていた。なんとか切り抜けたと思ってホッとしていたら、こんどは縦揺れが襲ってきた。逃げた方がいいのかな、どうしよう、などと話しつつ本棚を支えていた。

夕方になって喉がカラカラに渇いていることに気づき、ミネラル・ウォーターを買おうと表に出てみたら、人が歩道に溢れているではないか。都内全域で、JRと地下鉄の全線が止まっているからだろうと、そのときは思ったが、実際はそうじゃなかった。みんな、もくもくと、都心部から郊外へ歩いていたわけだ。

夜、四ッ谷荒木町でOB会を予定していたので、中止にすべくお店になんども電話を入れてみるも通じない。それで、夜になって帰り支度をして、お店に出かけてみたら、なんと明かりがついているではないか。中止のご挨拶だけして帰路についた。とはいっても、電車は止まっているのでバスを使うか歩くかしかない。

歩いたら軽く4時間くらいはかかるだろうな。でも仕方ない。とにかく渋谷まで歩いて、そこから先はバスに乗って帰ろう。そう思って渋谷まで来てみたが、とんでもない。渋谷のバスターミナルは上の写真のとおり大勢の人で溢れ、いつバスに乗れるか分からない。しかも、帰路に使う道路(246号線)も車で溢れてまったく進まない状況。しかたない、歩こう。246号線沿いを神奈川方面に向かって歩きつづける。といっても、通りはまるでお正月の初詣状態。歩道は人で溢れ、のろのろとしか歩けない。もどかしい。

どれくら歩いたろうか、通り沿いの店舗の人が、「東急線が開通したようですよ」と知らせてくれた。おかげで、真夜中にはなったけれど、なんとか無事に帰宅することができた。

この間、携帯電話も携帯メールもまったく役に立たなかったけれど、twitterは大丈夫だったね。ときどき情報をチェックしたり、tweetし合ったりしながら移動していた。

帰宅するまで映像を見ることはなかったけれど、TVで流れている映像を見て衝撃を受けた。津波の威力には慄然。家々がどんどん流されている。映像に釘付けになって、しばらく眠れなかった。今朝になって見た映像では、流されてきた大きな船が街の中に取り残されていた。転がっている車がまるでチョロQに見え、電車がまるでプラレールに見えた。あらためて、釜石、陸前高田、気仙沼の被害の大きさにも心が痛む。復旧にどれくらいの年月がかかるんだろう。

福島の原発では、メルトダウンも起きているという報道もある。余震も続いている。気が抜けない。

by naomemo | 2011-03-12 20:49