iPodシャッフルが壊れた



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先週末、アーノンクール指揮+ヨーロッパ室内管弦楽団によるバルトークのオーケストラ作品のCDをゲット。で、おとといの晩、仕事帰りの電車のなかで気持ちを集中して聴いていた。しばらくしたら、突然、「ブチッ」という音がして音楽が消えた。あん?なんじゃ?

iPodシャッフルの電池寿命が終わった瞬間だった。なんだかタタラを踏んでドブに落っこちた気分というか、おいしいご飯を食べていたら「はい、そこまで」って取り上げられたような気分というか。いや、あれ、けっこう落ち込むもんだね。それにしても、不協和音満載のバルトークを聴いてるときにブチッって終わるなんて、あまりにも出来過ぎだけど、作り話じゃないです。

仕方ないので、イヤフォンをiPhoneにつなぎ直して、おなじ指揮者、おなじ楽団によるモーツァルトの交響曲を聴きながら帰った。その演奏が良かったので、おかげで気分が紛れたというか、立ち直りました。その時に聴いたアルバムは、これ。

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そのアーノンクールたちの演奏なんだけど、なんて言うか、その絶妙なテンポ設定とリズムの刻み方が素晴らしいのだ。弦と管のバランスも心地いいし。これまで何度も聴いて来たんだけど、おなじ彼らの演奏で次世代のベートーヴェンをしばらく聴いてきた後では、いや、不協和音満載のバルトークの直後だったからか、これまでとはなにか印象が違ったんだよね。なんだろう…、この感覚…。

アーノンクールは、モーツァルトを、予定調和的な世界の音楽として演奏してるんだなという気がして来た。魂の内部は熱く燃えているようなんだけど、でも、表向きはじつに冷静に見える。たとえばベートーヴェンを演奏している時のような爆発する感じはない。つまり、けっして世界像が破綻するような感じには至らない。その一歩手前にいる。その、一歩手前で踏みとどまっているんだな、という感じが凄いんだよね、きっと。あ、これ、あくまでも素人の勝手な妄想なので、いい加減に読み流してください。

さて、ちょっと話を巻き戻すけど、さっきのiPodシャッフル、ほぼ2年半ばかり、どこへ出かける時も胸ポケットに入れていた。もう自分の分身みたくなってたこともあって、壊れたからって、はいそうですか、ポイッ、と簡単に捨てる気にもなれない。だいたい、CDプレーヤの時だって、MDプレーヤーの時だって、いつも2年くらいで壊れてたから、そろそろかなと覚悟はしてたんだよね。だって、1日平均2時間ほど再生してたとして、2年半で2000時間近くにはなる。長生きした方かもね。ということで、合掌、です。

最後に、ここまで書いて思ったこと。これが仮に、もっと複雑で、もっと負担の多い電池自動車だったら、どうなるんだろう。ハイブリッドなら動くだろうけど、電池オンリーだったら、完全に止まっちゃうね。もちろん環境には良いことなんだろうけど、電池オンリーで走るコンピュータって、なんだかちょっと怖いかも。世界のあちこちで、電池が壊れて立ち往生してる車が…。そんな映像が浮かんでくる。

電池が主流になっても、電池が壊れたときのヘッジとして、必要最低限のガソリンを積んでおくっていう考え方。ハイブリッドをそのように位置づけし直したら、新しい世界が見えてくるよね。トヨタ自動車は、ハイブリッドという革新的な考え方を車に導入した会社なんだから、いまの試練をしっかり乗り越えて、頑張ってほしい。

by naomemo | 2010-03-03 07:53