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秀逸 ! ナディーン・ラバキーの「キャラメル」

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先週の金曜日、仕事帰りに三軒茶屋で途中下車。三軒茶屋中央劇場に立ち寄り中東レバノンの映画「キャラメル」を観る。最近、中東映画が面白いと聞いていたが、この作品も例外ではなかった。

レバノンといえば「内戦」とか「テロ」という言葉と分ちがたく結びついていて、政治対立や宗教対立の激しい国というイメージがある。それはたしかにひとつの真実だろうが、この映画を観ると、マスコミを通じて知る中東についての情報がいかに偏っているかを、あらためて感じる。

舞台は、首都ベイルートの小さなエステサロン(ヘア&エステ)。女性が「美しさ」を求めて通う場所であるエステサロンが、名作「スモーク」の煙草屋のように、この映画のヘソになっている。ここは、登場人物たちが、自分をさらけ出し、支え合い、許し合える、ある種の避難場所、あるいは公然たる秘密の場所といってもいいかも知れない。

サロンに出入りする常連メンバーは5人の女性。オーナーのラヤール(キリスト教徒・30歳)は妻子ある男性との不倫に揺れ、ヘア担当のニスリン(イスラム教徒・26歳)は結婚を間近に控え婚約者にも実母にも明かせない秘密に揺れ、シャンプー担当のリマ(24歳)は黒髪の女性客に気持ちが揺れ、常連客のジャマル(年齢不詳)は年齢という現実に揺れつつオーディションを受け続け、そしてサロンのご近所で老いた姉を抱えながら仕立屋を営むローズ(60歳)は別の人生への一歩に揺れる。それぞれが、それぞれの問題を抱えながら揺れ動くシーンが、淡々と、美しく、ユーモラスに、親密なまなざしで描かれて行く。大きな事件などは、ひとつもない。

たとえばローズの場合。逢い引きに出かける準備をするシーンで、老いた姉の嫉妬に手を焼き、部屋に閉じ込める。でも、結局出かけるのを諦め、化粧を落とす。鏡に映ったローズの表情は胸に迫るものがある。たとえばニスリンの場合。嫁ぐ前夜、実母が、初夜の心構えや妻としての心構えを伝えるなかで、こんなセリフを言う。「先の人生は神様だけがご存知。メロンと同じで切ってみるまで分からない」。毎度、毎度の内戦やテロの報道の裏に、ささやかだけれど、しかし宝石のような人生の断片があるのだよね。

そうだ、だいじなことをひとつ。物語の終盤に、サロンのオーナーに心を寄せる警官がエステにやってくるシーンがある。彼は「キャラメル」で脱毛され、ヒゲを剃られるのだ。男社会に対する、ナディーン・ラバキーからの優しくも強烈なパンチである。ちなみに、「キャラメル」は、中東では女性の脱毛に使われるものだそうだ。重要な小道具として、たびたび登場する。

監督:ナディーン・ラバキー/脚本:ナディーン・ラバキー、ジハード・ホジェイリー、ロドニー・アル=ハッダード/音楽:ハーレド・ムザンナル/キャスト:(オーナーのラヤール)ナディーン・ラバキー、(ヘア担当のニスリン)ヤスミーン・アル=マスリー、(シャンプー担当のリマ)ジョアンナ・ムカルゼル、(ジャマル)ジゼル・アウワード、(仕立て屋ローズ)シハーム・ハッダード。信じがたいけれど、ニスリン役も、リマ役も、ジャマル役も、ローズ役も、プロの役者ではなく、全員がそれぞれ仕事を持つ素人を起用しているそうだ。きっと役者の生かし方が素晴らしいのだろう。



by naomemo | 2009-08-18 07:55 | シネマパラダイス