c0112103_1275538.jpg


昨晩、仕事から帰宅して晩ご飯を食べながら、2012年の米アカデミー賞授賞式ダイジェストをwowowで観た。今年のアカデミー賞は、世界の今がまだらに垣間見えて面白かった。

監督賞、作品賞、主演男優賞といった主要部門をほぼ独占したのは、なんとフランス人が作った無声映画「アーチスト」。その向こうを張るかと見られていた3D映画「ヒューゴの不思議な発明」は、視覚効果賞、録音賞、音響編集賞、美術賞、撮影賞。ありていに言えば周辺の賞に留まった。

結果として、ハリウッドが今後に期待をかけている3D作品が、古き良きスタイルの後塵を拝した形となったわけだ。

その流れで気になったのが、脚色賞をとった「ファミリー・ツリー」。どうやら米国はますます、古き良き時代を、先祖帰りを望むようになってるなあと感じる。米国が内向きモードに入った(ように見える)ことは重要だと思う。

そして、メルリストリープが主演女優賞を受賞した「マーガレット・サッチャー」。「規制緩和、自由化」を旗印に、黄昏の英国を不死鳥のように蘇らせたサッチャーが映画になるというのも、今だね。とにもかくにも、サッチャーが進めた新自由主義の負の遺産がリーマンショックなんだから。

もうひとつ驚いたのは外国語映画賞がイラン映画の「別離」に決まったこと。イラン映画にはクオリティの高い作品がとても多いけれど、まさかユダヤ資本のハリウッドが、米国ともイスラエルとも犬猿の仲であるイランの映画にアカデミーを賞を与えるとは。よほどの傑作なのか、なんらかの政治的な意図があるのか。映画というのは時代を映す鏡だね。

最終的に、ぜひ観てみようと思った作品は以下の4本。
◎「アーチスト」(これはいうまでもなく)
◎「マーガレット・サッチャー」(どう描いているのか)
◎「裏切りのスパイ」(ゲイリーオールドマンを観たい)
◎「ものすごくうるさくて、ありえないほど近い」(久々のダルドリー作品)

by naomemo | 2012-02-28 23:50 | シネマパラダイス

ダビデの星型ワッペン

c0112103_152813.jpg


これまで欧州系の映画を観ている時に、おそらく何度も目にしていたに違いない。けれど、あまり気に留めてこなかったことがある。それが何かといえば、ダビデの星型ワッペンの存在。

先日観たフランス映画「サラの鍵」に、少女サラが収容所を脱走する際ワッペンを胸元から引き千切るシーンがあり、思わず息を飲んだのだった。

第二次大戦当時、欧州のユダヤ人たちは、外出の際、ダビデの星を模したワッペンを胸に付けることを強制されていたのだった。一目でユダヤ人と区別できるように、刻印を押されていたようなものだ。

もうひとつ改めて感じたこと。当時のユダヤ人排斥は、ナチだけが行ったことのように思われているけれど、実態はそうではなく、間違いなく欧州の総意だったのだろうと思われることだ。

国が内向きになると、土地を持たず、国境という発想を持たない民族は、排斥の憂き目に会う。これは歴史の教えるところだ。数年前からフランス国内で始まっているというロマ(ジプシー)の排斥も同様の文脈だろう。

とすると欧州に相当数いると思われるトルコ人はこれからどうなるんだろう。EU加盟を前提に安価な労働力として受け入れられてきたけれど、肝心のEU加盟は進んでいない。なんとなく気になるね。

経済原理だけで移民推進を唱えてる人がいるけれど、こうした状況を見ていると、それがいいこととは俄かには思いにくい。




by naomemo | 2012-02-23 15:15 | シネマパラダイス

柳家三三の高座へ

c0112103_1633332.jpg


先週末、久しぶりに高座へ足を運んだ。古くからの友人に誘われて、初めての虎ノ門J亭落語会、柳家三三の独演会だった。三三は「さんざ」と読むのだけれど、「さんざん」とも読めるところが面白い。小三治の弟子で、若手の注目株らしく開演後は140〜150席ばかりの会場はほぼ満席だった。

前座のあと、本人、登場。ふむふむ、なかなか男っぷりもいい。声もしっかり通るし、まくらもなかなか洒落てる。なにより背筋がピシッと伸びた話しっぷりに好感が持てる。どんな演し物なんだろうと思ってたら、一席目は「ろくろっ首」だった。うーむ、これは、噺そのものにリアリティが欠けるだけに、観客を惹き付けるには、かなりチカラがいると思いながら聞いた。

次に、ゲストとして登場したのが、柳家喜多八という三三の兄弟子。演し物は「明烏」。「明烏」は志ん朝のCDで何度も聞いてるので、つい比較しながら聞いてしまったのだけれど、この人、かなり強弱を付けた、碎けた話しっぷり。それはそれで面白いし悪くはないんだけど、いかんせん、ちと滑舌が悪くて聞き取りにくい。そこが難点だった。

そして三席目に、ふたたび柳家三三が登場。演し物は「花見の仇討ち」。話しっぷりは堂に入ったもの。でも、ちと物足りなかったなあ。噺そのものに色気がないことも手伝ってか、感動とか笑いにつながって行かない。噺の世界へスーッと入って行って、いつのまにか江戸時代の上野にいる、という具合にはならなかった。

落語の楽しみ方にはいろいろある。だから一概には言えないのだが、噺を聞きながら、いつのまにか時空をポンと超えられることを楽しみにしている客には、正直、いまの柳家三三では、ちと物足りない。古今亭志ん朝、立川志の輔あたりと比較してしまうので辛口になってしまうもかもと思っていたら、隣で聞いていた友人も、いまいち物足りなかった様子。

ま、当たり外れ、出来不出来があるのが高座というもんです。

by naomemo | 2012-02-20 14:56 | 音楽から落語まで

哀しい映画だった


c0112103_7564699.jpg


昨年の311以来、長く休んでいた映画館通いに、ようやく本格復帰できたかなという感じ。きっと長い休みの反動なんだろうね、いまはのところ週一回のペースで足を運んでいる。そのうちに落ち着いて、以前にように月2本程度のペースに戻るだろうけれど。

さて、イニャリトウ監督、バルデム主演の「ビューティフル」の後、「サラの鍵」、「大鹿村騒動記」と立て続けに観た。どちらが面白かったかといえば、圧倒的に「大鹿村騒動記」だったんだけど、今日のところは「サラの鍵」についてのメモを少しだけ。

この作品、第二次大戦時のフランス政府によるユダヤ狩り、という史実をベースにしたドラマ。ナチじゃなく、フランス政府によるユダヤ狩り。じつに心の痛むストーリー。だけど、正直、映画としては設定に少し無理があるなあと思いつつ、最後まで観た。

それにしても、ちかごろユダヤ問題をテーマにした作品が増えて来た。

ひょっとしたら、欧州に、反ユダヤ感情が静かに頭をもたげつつあるのかも知れない。そして、そうした徴候を敏感に察知している映画人たちが、その成行きに危惧を抱いているのかも知れない。そんな気持ちが離れなかった。

by naomemo | 2012-02-17 17:46 | シネマパラダイス

地味だけど滋味ゆたか

c0112103_14542728.jpg


つい先日、「私は美味しいものを食べるために仕事してるんですよ」と公言して憚らない、デザイナーの中森陽三さんから電話をいただいた。

いろいろ話しているうちに、「一番町といえば、英国大使館の近くですね。その裏手に上海家庭料理の店がありますよ。こじんまりした店だけど、カウンターもあるので一人で行っても大丈夫だと思いますよ」と教えてくれたのが、上の写真の「老舎」というお店でした。

かれこれ二週間で三度ばかり足を運んだけれど、なかなか旨い。

お昼のメニューは一種類。つまり、日替わりの、お任せである。白飯とお粥が用意されている日もあれば、混ぜご飯の日もあるところまでは分かって来た。

本日のランチがこれです。とても地味です。そして、とても滋味ゆたかでもあります。今日は白飯じゃなく、お粥を選択しました。

c0112103_14563558.jpg


女主人の対応も丁寧でいいし。手頃な行きつけの店が一軒ふえて嬉しい。

それにしても、中森さん、なんだかんだと、やっぱり美味しいご飯の話になるんだよなあ(笑)。教えていただいて、有り難うございました。近々、夜も覗いてみようかなと思ってます。

by naomemo | 2012-02-06 15:04

c0112103_15494959.jpg


およそ十ヶ月ぶりに足を踏み入れた映画館は、場末の二番館。場末なんて書くと叱られるかも知れないけれど、三軒茶屋に昔からある三軒茶屋中央劇場は、建物の外観といい、設備の古さといい、銀幕を覆う古びた深紅の緞帳といい、緞帳の色にマッチした深紅の客席といい、まさに「場末の映画館」を絵に描いたような劇場なんである。場末と言って悪ければ、昔の映画館である。

でも、この場末感を味わいたくて、ここに来た。観たかったけれど見逃していた作品、"Biutiful"(ビューティフル)がかかっていたし。題名が"Beautiful"と綴られず、"Biutiful"となっていることには、もちろんそれなりの意味があるけれど、それは観た人には伝わるから、ここでは触れない。二言三言で伝わるようなことじゃないし。

イニャリトウ監督を知ったのは、ショーン・ペン主演の「21グラム」によってだった。けれど「観たい映画監督の一人」になったのは、「バベル」という作品を通じてだった。ただ、ガエル・ガルシア・ベルナルの出世作ともなった「アモーレス・ペロス」から前作「バベル」に至るまで、なんとなくリクツっぽさが拭えないところがあった。アタマで作ってる感じが否めなかった。それが、この「ビューティフル」では一掃されていた。

いうまでもないことだが世界はとても複雑怪奇であり、だからこそイニャリトウはその複雑さを描くために、さまざまな手法を試してきたように見えるのだけれど、今回の作品は、その器用さを捨て去って取り組んだように見えた。映画のなかの物語は、太く真っすぐに伸びる一本の道だった。じつにシンプル、そして深かった。いや、じつは複雑な問題を扱っているんだけれど、太い幹があって、こんもりとした枝葉がある、そんな体裁になっているからストンと腑に落ちる。

舞台はスペイン、バルセロナの裏町。そこで呻くように生きる一人の男を、二人の幼子の将来を案じながら生きる父親を、別れた薬物依存の妻をどうにか受け入れようとする夫を十全に演じているのが、ハビエル・バルデムである。世界がじつに息苦しい状況にあるということが、バルデムという俳優の身体を通じてズッシリと伝わって来た。ノーカントリーのバルデムも凄みがあったけれど、ここでのバルデムの存在感は並みじゃないね。

もう一回観たいなあと、そう思いながら、この作品を観るには、結果的に最高の環境だった三軒茶屋劇場を後にしたのでした。この映画を観るのに、シネコンという環境は似合わないでしょう。




by naomemo | 2012-02-03 12:16 | シネマパラダイス

国芳を観て来た

c0112103_12583449.jpg

没後150周年を記念し、作品総数420点ばかりを一堂に会した歌川国芳の展覧展が開催されると聞き及び、前から楽しみにしていた。休日は大変な混雑と聞いていたので、いろいろやりくりして先週金曜日の夕方、2時間半ばかり時間を取って観て来た。

迫力あるなあとか、奇抜な発想だなあとか思いながら、一点一点眺めているうちに、おや?と気づいたことがあった。彼が描く世界には、実在する、あるいは空想上の、さまざまな生き物が登場するのだが、どうも「水に関係する」生き物が多く登場するなあ、と。

鯉、蛙、龍、蛇、鰐、鯨、蛸、なかでも鯉、蛙、龍はよく登場する。そこに気づいてから、もういちど美人画や風景画を眺めなおしてみると、背景に、湖、河、海、池などがよく描かれているではないか。どういうことなんだろうね。これほど「水」に拘った画家も珍しいのではないだろうか。

たしか「水」は無意識に通底するモチーフと聞いたことがあるけれど、ひょっとすると、国芳は、毎晩のように夢に登場する様々なビジョンを、画面に再現することができる特異な才能の持ち主だったのかも知れない。そんな感想を抱きながら、とっぷりと暮れなずんだ六本木の会場を後にしたのでした。

by naomemo | 2012-02-01 12:59 | 音楽から落語まで