映画と落語に飢えている


昨年3月の震災以来、長い間、映画館から足が遠のいていた。でも、ようやく映画が観たい!という気分がふつふつと湧いて来た。かれこれ十ヶ月も空けちまったよ。

そして無性に落語が聞きたくなってきた。いつのまにか真打ちに昇進した菊六も聞きたいけど、これまでなぜか縁がなかった林家彦六を集中的に聞いてみたい気分。なんていうのかな、あの、背筋がスッと伸びた、独特の語り口がいいんだよね。そういえば、彦六って、志ん朝の先生だったかな。志ん朝の方から押し掛けたんだと思うけど。

しばらく聞き倒してから感想を書きます。

by naomemo | 2012-01-31 15:22 | 音楽から落語まで

空也の張り紙

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先週、ご挨拶の手土産に最中(もなか)をと思い、朝イチに銀座並木通りにある「空也」に立ち寄った。年末年始の時期は前もって予約しないと入手できないことは分かっていたが、もうそろそろ大丈夫かもなあと淡い期待を胸に開店時間前に店の前に立った。しかし結果は、うぐぐ~、読みが甘かった。

こんな張り紙があった。寒中見舞いの時期もやはり予約は必須なのね。写真に見る通り、すでにその週の分は売り切れでした。仕方ないので、翌週月曜日つまり昨日の13時受取りで予約して店を後にしたのだった。

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それにしても最中なら、べつに空也@並木通りじゃなくてもいいようなものだけど、ここ一番の時の最中はやっぱり空也みたいね。旨いから。いや、でも、旨さだけなら、他にもあるように思う。うさぎや@上野の最中の方がいいという人だっているに違いない。じゃあ、なぜ空也なのかといえば、それは物づくりの姿勢というかお店経営の姿勢に、江戸の粋を感じるからに違いない。

一日あたりの最中の製造量はせいぜい7000個から8000個だろうと聞く。並木通りの店だけで作って販売しているというのだから、たかが知れている。だからすぐに売り切れてしまうのだが、職人を増やしたり、大量生産に移行したりはしない。ご主人の目の届く範囲で、品質を維持し続けられる範囲で、製造販売することに拘っているからだ。もちろん百貨店からの出店の誘いにも乗らない。日本広しといえど、ここでしか買うことはできない。

欲がないといえば、欲がない。けれど、翻って考えてみると、長く続いている老舗というのは、そこそこのサイズを逸脱していないようにも思える。なぜこんなことを書いているかといえば、すでに右肩下がりの時代に移行している日本において、この空也の経営姿勢、しいては老舗の経営姿勢に、これからの生き方のヒントが隠されているんじゃないかと感じているからだ。前年対比の発想、拡大の発想から、品質をきっちり維持し続けるという発想へ、そろそろシフトチェンジする時だろうと。我が身を振り返りつつ思うこの頃です。

最後に断っておくけど、これはマーケティングの問題とは違うからね。生き方の問題だと思う。だから、形だけ真似ても上手くは行かないんだろうけど。

by naomemo | 2012-01-17 15:43 | ノン・カテゴリー

2012年を再生元年に

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年末年始、久しぶりに車で故郷の名古屋へ行き、親兄弟と、しこたま酒と料理を堪能。名古屋のパワースポットと言われる熱田神宮にも初めて参詣して来た。熱田神宮、元旦は大混雑、と聞いていたが、東京の明治神宮ほどではなかったよ。熱田神宮の方がほどよいスペースで良いね。もちろん歴史もあるし。

さて、二日の早朝4時過ぎに名古屋を出て神奈川に帰ってきたのだが、その途上、富士川サービスエリアから望んだ富士が上の写真。名古屋インターに入った頃には空はどんより曇っていて、今日は富士を拝めないねえ、なんて車中で話していたのだが、富士川サービスエリアが近づくにつれて、まるで計ったかのように空が晴れ渡った。

雪を被った富士は、やはり文句なく美しかった。そしてもうひとつ感じたのは、富士山の裾野はとてつもなく広いなあということだった。じつに懐の深い山だと思う。

さて、いろいろあった2011年も終わり、2012年の幕が開きました。2011年という年は、おそらく生涯忘れることはないと思います。その2011年をひとつの区切りとして、私もあらたな再生に向けて一歩を踏み出そうと思います。2012年が皆さんにとっても佳い年でありますように。

by naomemo | 2012-01-04 14:37