29年ぶりのキース

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昨晩、渋谷bunkamuraオーチャードホールへ。キースジャレットのソロコンサート。彼のソロコンサートに出かけたのは29年前ぶりのこと。当時の彼は37歳、現在は66歳。

開演時刻の7時を回って15分ほどが過ぎた頃だろうか、舞台左袖からふらりと登場し、ピアノの脇まで来て聴衆の方へ向き直って、両腕をダラリと垂らして会釈した。短く刈り込まれた白髪。サングラス。グリーンのシャツ。黒いズボン。その風貌はまるで職人気質の料理人のようだ。椅子を少し後ろへずらして肩甲骨のあたりをぐにゃぐにゃしたかと思った途端、演奏はもう始まっていた。

一曲目はクラシカル現代音楽ようだった。耳を澄ませていたら、なぜかシェーンベルクの名前が浮かんで来た。聴衆を驚かすようなお茶目な幕開け。でも、驚きはなかった。へえ、こんなところまで来ちゃったのか、という印象を抱きながら聴いた。

じつは、昨年ケルンコンサートをCDで買い直して何度も聴いているうちに、演奏の奥から、うっすらとドビッシーが聴こえて来るようになった。ドビッシー?正直ビックリしたんだけど、でも、そんな経験をしていたから、昨晩の彼の演奏からシェーンベルクが聴こえて来ても驚きはなかった。

左手と足を打楽器のように使ってリズムを刻んでみたり、静かなメロディを紡いでみたり。ジャズあり、ドビッシーあり、シェーンベルクあり、プリミティブな音楽あり。それらがいつのまにか解け合ったりもして。ジャンルの境界を軽やかに超えたピアノ演奏、というか、うなり声という弦楽器と、足+床という打楽器と、ピアノという鍵盤楽器のコラボ演奏だった。で、けっきょくキースの世界になってた。

いつまでも鳴り止まない拍手。アンコールは三度。最後の曲は、スタンダーズの名曲、someday my prince will come.いつか王子様が。 その深々とした余韻にひたりながら会場を後にした。それにしても、キースってバッハの演奏をいっぱいしてるのに、その音楽からはフランスの匂いがするんだよな。意外にお茶目な人だったし。大満足の一夜だった。

by naomemo | 2011-05-29 12:31 | 音楽から落語まで

胡蝶蘭が開花した

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先月17日に「芽が出た」と書いた胡蝶蘭が、ようやく開花した。いくつか、ふっくらした蕾も。奇蹟みたいなものだな、これは。素直に、うれしい。



by naomemo | 2011-05-28 15:32

薄暮のような香りがする

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先日、新宿紀伊国屋に予約しておいたアティーク・ラヒーミー「灰と土」を引き取りに行ったついでに店内をぶらぶらしてたら、二冊の本が目に止まった。ヤスミナ・カドラの「テロル」山田太一の「空也上人がいた」。すぐにも読み始めるつもりだったけど、図書館から借りていた山歩き本に時間を取られて手がつかず。でも、ようやく「空也上人がいた」に手が伸びて一読した。どうも狐につままれたような気分だったので、ゆっくり読み直した。それでもまだ霧が晴れ切らずモヤモヤしてるんだけど、ここでちょっとメモを。

おもな登場人物は、男二名、女一名、そして三毛猫が一匹、空也上人の木彫立像が一体。

中津草介27才、独身。物語の語り手。大学の経済学部を卒業するも折悪しく就職難に遭遇。けっきょくヘルパー2級の資格を取得して特養(特別養護老人ホーム)に介護人として勤務。2年4ヶ月ほど過ぎた頃、介護していた老婆を死なせたことを悔いて辞職するも、ケア・マネジャー重光雅美の計らいで、身寄りのない老人・吉崎征次郎の介護につく。

重松雅美46才、独身。市の保険公社に所属するケア・マネージャー。申請があった高齢者に、どの程度の支援や介護が必要かを判断したり、施設に割り振ったりする専門員。中津草介が辞職したことを知って、一人暮らしの岩崎老人に介護人として推薦する。老人は過去に二度、女性ヘルパーを追い出しているのだが、中津草介のことは気に入って介護を任せる。

吉崎征次郎81才、妻に先立たれ、身寄りなし。持ち家に独り住まい。これまでに二度、重光が紹介した女性ヘルパーを気に入らず追い出しているが、それは重光にひそかに心を寄せていたたことに原因があるらしい。中堅証券会社勤務していた四十代半ばに、自分の不注意で見知らぬ他人の親子を死に追いやった経験を持つ。それが老いた今でも刺となって残っている。

三毛猫、年齢不詳。雄か雌かも不明。吉崎老人宅の周辺を縄張りにしているようだ。物語に直接関与してくるわけではないが、この三毛猫が登場する場面が三度あり、いずれの場面もそこで空気の流れ変わるように感じる。異界と俗界の境界に住む守り神にも見えるけど、さて、どうなんだろう。

空也上人の木彫立像。京都は東山、そのむかし現世と冥界の境といわた六道の辻ちかくにある六波羅蜜寺に所蔵されている。物語のなかで、中津青年が吉崎の指図で訪ね、吉崎も50代で訪ねている。この立像は、下から見上げると目が厳しい光を放つものらしい。

物語の展開については書かないけれど、読み解くキーワードは、生命、嫉妬、老い、闇、そして異界、かなと感じている。どれも山田太一ワールドではお馴染みなんだけど。そして、若い男、中年の女、老いた男が醸し出す不思議な三角関係を通じて、老いてなお生きることの意味が浮き彫りにされる作品、ということになるだろうか。

ちなみに、僕は以前から山田太一のファンで、その理由のひとつは、彼は男巫(おかんなぎ)ではなかろうかと感じるところがあるからだ。この最新作も、そうした印象が強い。時代が彼の身体を媒介にして物語を伝えたがってるような。ちなみに山田太一は現在77歳だというから、この作品に登場する吉崎老人に近い年齢である。

肯定でもなく、否定でもなく、薄暮のなかを寄り添って歩くように読んだ。

by naomemo | 2011-05-25 09:12 | 音楽から落語まで


お昼時にときどき足を運ぶ、カウンターだけのカレー屋がある。おばさん二人で切り盛りしている店だ。先週金曜日は暑かったせいか客が少なく、コーヒーをご馳走になった。食後にゆっくり味わいながら世間話をしていたら、福島原発の現場で働いている作業員の話になった。

TV映像を観ての共通の感想は、放射能に汚染される恐怖のなかで必死に働く作業員たちが置かれている、あの劣悪な環境は、一体全体どうしたことなんだろうという疑問だった。あれだけ何度も放映されれば、普通の感覚を持っていれば、さすがに、「いかん、改善せねば」と思うのではないだろうか。しかし、311からすでに二ヶ月以上が経過しているにも関わらず、いっこうに改善されていないように見える。マスコミも声を上げない、政治家も声を上げない、役所も動いていない、ように見える。なにより東電本社に、動く気配が感じられない。なぜだろうか?不思議だ。

きっと、見ているようで見ていない、見えているようで見えていない、ってことなんだろうな。現場は、もう数十年にわたって、あのような劣悪な環境で、線量計も持たされず、仕事をしてきたに違いない、おそらく本社はそれが当然と思っているから、なにも感じたりしないのだろうな、たぶん。

by naomemo | 2011-05-23 09:22

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震災によって被った甚大な被害を目の当たりにして、さらに福島原子力発電所の機能不全およびメルトダウンという事態を通して、あらためて感じることは、想定されるリスクはヘッジしておくもの(=保険をかけておくもの)だということ、そしてリスクは分散させておく必要があるということだった。

たとえばリスクを低く見積もって初期投資を抑制したり、効率を優先して生産現場を集中させたりすれば、コストは減って利益は目に見えて上がるかも知れない。しかし、そのうちに期間利益の最大化が至上命題になり、やがて自分たちに都合の良い未来が描かれることになり、いつしか感覚が麻痺してリスクは忘れ去られて行く。大きなリスクに見舞われるのは、往々にしてそんな時なんだろうと思う。

先日、広瀬隆の講義VTRを見て、正直、彼のことは好きになれないけれど、どうも言ってることは正しいような気がして、その晩、帰宅途中に本屋に立ち寄って、朝日新書「福島原発メルトダウン」を買い求めて読んでみた。背筋が寒くなったけど、いろいろ勉強になった。日本がなぜ地震大国なのかよく分かったし、日本の原発の耐震性がじつに危ういらしいことも分かったし、浜岡原発が急遽止められた理由も分かった。というか、浜岡だけじゃなく、すべての原発を今すぐ廃炉にすべきだろうとも思った。ま、著者については、言葉の使い方がどうも気になって、やっぱりちょっとファナティックなところがあって、好きになれないなあと再確認したけれど、内容はたぶん事実にもとづいてるんだろうなという印象。でも、読んで良かったと思った。希望が残されていると分かったから。

ついでに見えてきたこと。ひとつは、今朝の新聞にも出ていたけど、発電と送電を分離して、送電に関しては国民と産業にとって重要なライフラインであるから100%国の管理にすることが重要だということ。それで発電事業への参入障壁が取り去られる。もうひとつは、現在の火力発電は原料に天然ガスを使うタイプのもので、環境負荷がとても低いことが分かった。原発を全廃しても電力量は不足しないみたいだ。もういい加減に電力会社をめぐる巨大利権を解体して、新しいステージに向かってほしい。そのために、送電を発電から分離することは不可欠かも知れない。

ところで、昨日twitterで、こんな発言を拾った。「あの、福島の野菜や魚をみんなで食べましょう!的なムーブメントなんですが、自分には全く理解ができません。どうして今危険な可能性のある食材を食べないといけないの?何かの罰ゲーム?農家の方々を助けたいのは分かりますが、だったら東電がしっかりと農家の方にお金を支払うようなムーブメントを」。その通りだと思った。赤信号は、一人で渡っても、みんなで渡っても、危ないことに変わりはないのだ。東電には、きちんと補償させた上で、いったん日本航空みたいに破綻処理して、生まれ変わらせた方がいいかもね。

by naomemo | 2011-05-19 09:15

原発撤廃に傾いた


広瀬隆という名前は知っていた。ただ、知っていたとは言っても、長く原発の危険性を少しファナティックに訴えている人、という程度の認識だった。それが今回たまたま彼が衆議院会館らしきところに呼ばれて、およそ1時間半ほど原発問題と代替エネルギーについて講義しているビデオを観て、認識が変わった。じつに真摯で、とても現実的な人だと思った。

変わったのは彼についての認識だけじゃない。原発がないと日本はエネルギー不足に陥るかも知れないという危惧を抱いていたけれど、どうやらまったく杞憂のようだ。ぼくはいま、原発撤廃に傾いている。じつに明快な解決策が、ここにあるからだ。ちょいと長いけど、このヒデオは必見。↓

広瀬隆:福島原発巨大事故_今何が必要か

ちなみに、昨日、最寄りの本屋さんに足を運んで、つい最近上梓された彼の最新本「福島原発メルトダウン」を買った。今日から読む。

by naomemo | 2011-05-16 05:52


ビンラディン殺害計画の作戦名が「ジェロニモ」だってことを、うかつにも、今朝知った。腰が抜けそうになった。そうだった。米国は、銃でネイティブを席巻して出来上がった国だったことを再確認させられた。

左手に「法」を、右手に「銃」を持ったピューリタン=キリスト教原理主義者が作り上げた新世界。これが米国だったなあとあらためて実感。正義という言葉が空しく木霊する。

by naomemo | 2011-05-08 17:18


数日前、米国海軍特殊部隊がオサマ・ビンラディンを殺害し、アラビア海で水葬にしたというニュースが流れた。あまりに唐突だったので驚いたけれど、日を追うにしたがって、なんだかヘンだなあという印象が強くなった。

9割近い米国民が殺害を肯定していることにも違和感を禁じ得ないけれど、それよりなにより、ようやく発見した911テロの首謀者とされる人物を、やすやすと殺害するものだろうか?本来なら逮捕し、拘束して、これまでのテロ活動に関していろいろ尋問するもんじゃないの?

殺害したことを大統領も認め、それが米国の正義のように話してたけど、どうにも理解し難い。本当に本人を殺害したの?という疑問が浮かんだが、その後、アルカイダがビンラディン殺害を確認し、報復を宣言しているので、彼が殺害されたことそのものは事実なのだろう。

きっと彼になにか喋られると困ることがあったのかもなあ。いろいろな情報が錯綜しているけれど、彼に生きていられては不都合があるので、当初から捕縛じゃなく殺害が至上命題だったんだろうな。と思わざるをえない。なんだかんだ理由をつけているけれど、ね。

米国の正義って、どうも怪しい。最近とくに理解しがたい。

by naomemo | 2011-05-07 06:10