競争から共生へ


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今回は、以前読んだ「素数ゼミの謎」という本の紹介。著者は吉村仁という生物進化を研究している先生である。

素数ゼミというのは、アメリカで13年、または17年に一度だけ何億匹と大量発生する蝉のことだ。なぜ13年あるいは17年に一度だけ大量に発生するのか、その秘密を世界に先駆けて解き明かしたのが、その吉村仁という先生なのだ。

その秘密については、原本に当たってほしいのだけれど、いちばん印象に残っているメッセージは、「競争から共生へ」ということだった。生物進化の立場から見ると、なんと弱肉強食というのはウソで、現在まで生き残って来たのは「共生」を大事にしてきた生物なのだ、ということである。

今朝、日経新聞一面の「キリン・サントリー11年春統合で大筋合意」の記事を読んでて、この本のことを思い出したのだった。ある意味、経済氷河期が始まっている現在、これまで覇を競ってきた企業が手を結ぶっていうのは、いまこそ「共生」すべき時ということを遺伝子が感じ取っているのかも知れない。

こうした流れは、たしかにあちこちで見られる。ひょっとしたら、日本人の晩婚化にも歯止めがかかり、来年あたりから一緒に歩いて行こうよというカップルが増えるかも知れないね。もしそうなったら、それはそれで喜ばしいことではある。

by naomemo | 2009-12-24 09:05 | ノン・カテゴリー

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エジプト考古最高評議会のザヒ・ハウス事務局長が、ベルリンの博物館に対して、収蔵品である「古代エジプトのネフェルティティ王妃の胸像を返還せよ」と要求しているそうだ。

ザヒ・ハウス事務局長には、以前、ルーブル美術館から古代エジプトの「王の石柱」の返還に成功した実績があることから、今度も奪還するのではないかと見られて注目されているわけだ。

美術品返還要求の声を上げているのは、エジプトだけではない。ギリシャ、ナイジェリア、そして最近は中国なども美術品返還要求の動きを強めているようだ。これから声を上げ始める国も出てくるだろう。

大英博物館、ルーブル美術館、ペルガモン博物館、エルミタージュ美術館、メトロポリタン美術館などの所蔵品には、帝国主義時代に略奪してきたものが相当数含まれているから、どう応えていくのだろうか。これから要求はさらに拡大していくことは間違いないから、アタマが痛いだろうな。

それにしても、強欲なマネー資本主義が破綻し、これまで世界をリードしてきた欧米先進国の地位が相対的に低くなるなかで、こうした動きが出てくるのは象徴的だね。気候変動の枠組みが議論されたCOP15の報道を見てても感じたけど、欧米主要各国だけで世界を動かす時代は終わったってことだね。

世界の重心は、ただいま西から東へ移動中。そしてさらに、北から南へも移動中。混沌はまだまだ続く。しっかりとリバランスするのに、さて、どれくらいの年月がかかるのだろうか。


画像出典:ウィキペディア「ネフェルティティの胸像」

by naomemo | 2009-12-22 09:05 | いまを読むノート


今朝の日経新聞によれば、今回の金融危機の教訓を生かすべく、バーゼル銀行監督委員会で検討されていた大手銀行の資本規制の骨格が固まったようだ。

ポイントはみっつ。ひとつは自己資本比率の引上げ、ひとつはリスクの高い証券化商品の圧縮、そしてもうひとつは換金性の高い資産(国債や金など)の一定保有義務、となっている。

すでに中国、インド、ロシアなどの中央銀行では外貨準備の分散を始めていて、その一環として金保有量の積増しが進んでいるのだけれど、この流れのなかに市中大手銀行も加わってくることになるのだろうか?

金の復活は、「ドル離れ」というトレンドだけでなく、金融が「自由化」から「規制強化」へ舵が切られていく文脈のなかでも捉えられるということになるね。少し注目しておこうと思う。

(追記)
この新しい規制には、その後、さまざまな配慮から、10年以上の執行猶予がついたようだね。ま、でも、規制強化のトレンドに変化はないだろうけど。

by naomemo | 2009-12-17 08:50

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春先から心待ちにしていた。首が伸びきって折れちまうんじゃないかと心配したほどだ。なにしろ久々のウェイン・ワン監督作品なのである。スケジュールをやりくりして、一昨日、恵比寿ガーデンシネマまで足を運んだ。

それにしても、こんなにも起伏が少ないのに、これほどまで愛おしい作品も珍しい。舞台はアメリカの都市近郊。主要な登場人物は中国人の父と娘、イラン出身の老婦人、ロシア出身の男性の4名。それなのに、まるで古き良き日本映画というか、センスの良い短編の私小説映画を観ているようだった。

荷物がベルトコンベアーに乗って流れている。どうやら空港らしい。父親が娘に会うために北京からやってきたのだ。機内で隣り合ったらしい女性二人と別れの挨拶を交わしている。このワンシーンだけで、彼のプロフィールの一端が垣間見える。こういう見せ方って、ほんと粋だねえ。迎えにきた娘が、スーツケースを二つ、さっと取り上げる。赤いハンカチが目印になっていたようだ。これもまた、さりげない伏線。娘が運転して自宅へ向かう。アパートは娘一人で暮らすには十分な広さの2LDKだ。

父親が北京からやってきたのは、娘が離婚したことを気遣ってのこと。落ち込んでいるんじゃないだろうか…、元気に暮らしているんだろうか…。表向きはアメリカ旅行のついでに寄ったというが、一人娘のことが心配でやって来たのだ。それかあらぬか、話題が核心に触ることはない。父親は、毎晩のように手料理を振る舞う。でも、娘から笑顔がこぼれることはない。細やかな気遣いは見せるものの、父親の話にも、うなづく程度。どうにも心は晴れないようだ。食卓には、ぎこちなさが漂ったままだ。

娘は大学図書館に勤務しているのだが、その間、父親は新聞を読んだり、食料品を買い出しに行ったり、近所を散歩したり。そのうちに公園でイラン出身の老婦人と出会う。かたや中国語とカタコトの英語、かたやペルシャ語とカタコトの英語なのだが、なんとなく心が通うようになる。お互いの身の上を感じ取り、毎日のように公園のベンチで会うようになる。なんとも味わい深いシーンである。

ある日、娘の帰りが遅いのを心配して、バス停まで迎えに出る。でも、最終のバスにも娘の姿はなかった。父親の心配はいかほどか。やがて一台のセダンが近づいてくる。

その晩、父親が静かに問う。娘が重い口を開く。離婚の経緯を、ロシア人男性との関係を語り始める。そしてこんどは娘が父親の過去を問いつめる。その娘の言葉に、頭を垂れて、静かに耳を傾ける父親。

翌朝、父親は、ゲストルームのベッドに座ったまま、壁を隔てたリビングで出かける準備をしている娘に聞こえるように、昨晩の娘の言葉に対する答えを独り言のように語り始める。

父親シー氏:ヘンリー・オー、娘イーラン:フェイ・ユー、イラン出身の老婦人:ヴィダ・ガレマニ、ロシア人男性ボリス:パシャ・リチニコフ。監督:ウェイン・ワン、原作・脚本:イーユン・リー。役者たちも、スタッフも、全員が、ゆっくり、ふかぶかと呼吸しているのが感じられる。特別なことは、何もない。名作スモークから12年目の、小さな奇蹟。間違いなく、2009年海外映画ベスト5に入るだろう。ちなみに、もう一本、姉妹編があるらしい。日本での公開はあるのだろうか。

(追記)
俳優の香川照之、ウェイン・ワン監督、日本人プロデューサーの対談が、日経BPのサイトに載っていた。9ページあるけど、興味のある人はどうぞ。
「スモーク」から「千年の祈り」へ 香川照之がウェイン・ワン監督を直撃



by naomemo | 2009-12-15 08:29 | シネマパラダイス

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以前、「難物だった」と書いて放っぽりだした、ジャームッシュの新作「リミッツ・オブ・コントロール」だけど、シーンが展開していく度に「?」を抱え込んでいくことになった。まるで哲学的な「なぞなぞ」を、いくつも仕掛けられているような気分だった。ここまでワガママやるもんかなあって思いつつ、でも、しばらくフローの状態にしておいたら、なんとなく解けてきた感じ。

ストーリーの骨格そのものは、じつはシンプル。「孤独な男」と呼ばれる殺し屋が、ある組織から、クレオール人、フランス人というコードネームを持つ二人組を通じて、「自分こそ偉大だと思う男を墓場へ送れ」という使命を受け取り、スペインに渡る。行く先々で、ヌード、ブロンド、分子、ヴァイオリン、ギター、メキシコ人、ドライバーといったコードネームを持つ仲間から暗号を受け取り、目的地を目指す。なんだか、螺旋状に動いてるだけのようにも見えるんだけど、ね。

しかし、どうなるんだろうという杞憂をよそに、ついに殺すべき相手のアジトに到達する。そしていともたやすく潜入し、目的を果たす。敵が誰だったのかちゃんと分るし、その敵を倒すことが何を意味するかも明らかにされる。911後が描かれていることも伝わってくる。ストーリーとしては、それだけのことなんだけど、とても奇妙な時間が流れているから、なにやらモヤモヤしちゃうんだよね。

たとえば殺し屋は、間の抜けたゴルゴ13みたいだし。お互いを知らない仲間と落ち合う目印が、テーブルの上に置かれるシングルのエスプレッソ2杯だったりするし。それだけじゃなく、お互いの本人確認はダブルチェックになっていて、「スペイン語は話せるか?」「いいや」っていう、妙な合い言葉になってるし。仲間が「孤独な男」に語る言葉に、なにか秘密があるのかと思って聞いていいると、どうもそうでもないらしい。暗号は、マッチ箱に入った紙片に書かれているだけなのだ。

そのうち、ストーリーの流れとほとんど無関係に展開される「孤独な男」とコードネームを持つ仲間たちと交流シーンは、ジャームッシュから愛する俳優ひとりひとりへのオマージュに違いないと気づく。そしてそれぞれのシーンに、つながりがあるような、ないような、ふわふわした感じがするのは、すべてジャームッシュの脳の中の出来事だからなんだと気づく。アジトのコンクリートの堅牢な壁を、誰にも気づかれることなくスルリと抜けられるのも、脳の中のことだからなんだよね、たぶん。

とにもかくにも、ジャームッシュと俳優の間に親密な空気が流れている映画であり、スペインの風景をゆっくり楽しむ映画であり、ジャームッシュの好きな音楽を楽しむ映画であり、それぞれの俳優の空気を楽しむ映画でもある。ジャームッシュの脳の中へ、ようこそ、だね。個人的には白装束の「ブロンド」の姿が目を引いたし、フラメンコ・ダンサーの魔法のような手の動きに酔えた。ひょっとして、これは俳優たちへの遺書なんだろうか。そんな思いさえよぎってきた。



by naomemo | 2009-12-11 09:10 | シネマパラダイス


今朝の日経一面に「国債44兆円以下 壁高く」とある。どうにも不思議でならない。壁が高いというのも妙だけど、こういう論理だと、44超円以下に抑えられれば問題ないように映りかねないよね。

今年の歳入は、税収37兆円、税外収入10兆円、合計47兆円とある。本来は、この範囲内で国を運営しなくてはならないはずだ。ところが44兆円もの新規国債を発行、つまり借金してもまだ足りないだろうと言っている。しかも国債発行残高は今年度末で600兆円にのぼるという。これって、大雑把にいえば、年収1000万円の家庭が、現在1億5000万円の借金を抱えた状態であるにもかかわらず、2000万円以上の生活をしているのと同じことだよね。

民主党政権は、4年間は消費税を上げないと言っている。でも、税収を上げずにこのまま進めば、毎年50兆円近い借金(新規国債)が積み上がる。崖っぷちにあるんじゃなかろうか。「見える化」でコツコツ予算削減にトライするのもいいだろうけど、もっと荒療治が必要と思う。ひとつの方法は、キャップ制を導入して年間の歳出の上限を50兆円と決め、それを各省で分配する。だって、それしか歳入がないんだから。もうひとつの方法は、消費税アップ。必要になると想定される歳出に届くまで上げる。

常識的な対策は、歳入を上げるか、歳出を下げるか、両方同時に進めるか、この3つなのだから。このままだと、長期金利が上がって、将来的に歳出に占める借金返済はさらに増えるんじゃないの?そうなったら、さらに国債を発行しなくてはならなくなるよね。まさに火だるま。ほんと、どうするんだろう。

いまの財政状態をきちんと説明し、予想されるシナリオを提示し、消費税導入によるメリットとデメリットも整理して、消費税アップの合意形成をする他ないと思うんだけどなあ。そんな政治決断はできないという現実的な見方もあるけれど、やるしかないんだと思う。今日は、一市民としての、素朴な疑問でした。

by naomemo | 2009-12-09 09:15

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昨晩放映の「坂の上の雲」(第二回)に、正岡子規、夏目漱石、秋山真之ら同級生が「娘義太夫」目当てに、寄席へ繰り出すシーンがありました。そこで高座に上がっていた前座の噺家は、真之らに「下手くそ」だの「引っ込め」だのと野次をとばされ、さんざんな目に遭っていましたね。その前座役ですが、昨年から贔屓にしている古今亭菊六が演じておりました。高座でオタオタする演技も、なかなか良かったなあ。

古今亭菊六は、この10月に「NHK新人演芸大賞」の落語部門で大賞を受賞している縁もあって、今回の前座役で登場となったのでしょう。ついでに、今日は、菊六のことを少し紹介しておきましょうか。

1979年(昭和54年)2月東京生まれ、現在30歳ですね。平成13年に学習院大学を卒業、14年に古今亭円菊に入門。15年正月二之席に前座となっています。前座名は「菊六」。18年5月下席より二ツ目昇進。そして今年10月に、NHK新人演芸大賞受賞で、二ツ目の頂点に立ちました。何度か高座に足を運んでますが、堂々とした話っぷりで、とてもとても30歳とは思えませんよ。

ところで、師匠の古今亭円菊はあまり一般には知られていないようですが、古今亭志ん生の「最後の弟子」です。二ツ目名を「今松」といい、病で倒れて身体の自由が利かなくなった志ん生を背中におぶって寄席に通ったことで知られています。志ん生は、「いままつ、いままつ」と言って可愛がったようです。「背中の志ん生」という著作もあります。苦労人で遅咲きの落語家ですが、いまでは古今亭の総領的な存在といってよいでしょう。

その円菊の末弟子が、菊六なのですね。つまり、菊六は、あの志ん生の孫弟子ってことです。噺もうまいし、集中力も素晴らしいし、声もいいし、様子もいい。そのうちにチケット入手もままならなくなるだろうから、今のうちにセッセと高座に足を運ぼうと思っています。

さて、上の写真は、今朝iPoneで撮影した千駄ヶ谷駅前のイチョウ並木。いつのまにやら冬支度が始まっていました。

by naomemo | 2009-12-07 09:15 | 音楽から落語まで


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シューベルトといえば、「歌曲の王」として知られています。生前からそうだったようです。マイナー・ポエトと見られていたということなんでしょうね。もっとも有名な交響曲からして、「未完成」だしね。

それを否定するつもりはありません。でも、たぶん、シューベルトって、生前から歌曲くらいしか演奏されなかったんだろうね。弦楽四重奏にしろ、交響曲にしろ、コンサートホールで演奏されることなど、ほとんどなかったんじゃないかな。彼の交響曲集なんかを聴いていると、そんな思いが強くなる。

ことに、最後の交響曲として知られる「ザ・グレイト」の素晴らしさ。トータル1時間近くあるけれど、美しいメロディとエキゾチックなリズムが頻繁に登場して、まるで色鮮やかに編み込まれたタペストリーを見ているようです。というより万華鏡かな。いっこうに飽きることがない。

こんなにも神秘的な音楽があるものだろうか。僕は、ひそかに、数ある交響曲のなかの最高峰なんではないかと思っているくらいです。

by naomemo | 2009-12-04 09:02

サヨナラおじさんの遺言

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2008年11月11日は、このブログが大海に船出した日です。そして、その10年前の1998年11月11日は、サヨナラおじさん、淀川長治さんが亡くなられた日です。先日、淀川さんのことを書く上で調べものをしていて、あっ、と気づいたのですよ。まったくもって、うかつでした。もちろん偶然です。偶然なんだけど、映画の先生として勝手に私淑している身としては、なにやら縁を感じてしまうのだ。

ということもあって、ご冥福をお祈りしつつ、遅ればせながら未読だった著書生死半半 (幻冬舎文庫)を取り寄せて読みました。サヨナラおじさんが89才でお亡くなりになる3年前に上梓されたものです。ただ、これは、めずらしいことに映画評論ではありません。人生についてのエッセイ集、というか、そうだなあ、公開遺言状のような内容といえばいいでしょうか。

数カ所を抜粋してみましょう。たとえば最初のエッセイ「死を覚悟するとき」は、こんなふうに始まっています。

〈「こんにちは、淀川です。来月の3日に死にます」公演をするとき、よく私はこんな挨拶から始めます。冗談めかしてはいるけれど、実は本気でそう思っているのです。〉

先の太平洋戦争(第二次世界大戦)について言及しているところには、こんな言葉があります。

〈極端にいえば、自分の血筋や家柄を守りたいという気持ちが、人間に戦争を起こさせるのです。自分の家だけを守りたいという気持ちと、自分の国だけを守りたいという気持ちに、大きな違いはありません。自分と自分以外の人のあいだに垣根を作って、向こう側のことはどうでもいいと思っている点では、まったく同じ考え方だといえます。〉

〈たとえば「桃太郎」のようなおとぎ話からして、鬼ヶ島を征服しようとする物語になっている。動物の家来を引き連れて鬼退治に行くというと、まるで正義の味方のように聞こえますが、鬼たちは何も悪いことはしていません。鬼ヶ島の中でふつうに暮らしているだけなのに、勝手に桃太郎たちが戦争を仕掛けてきたわけです。鬼は髪の毛が赤いことになっていますから、たぶん外国人のことなのでしょう。豊臣秀吉の朝鮮出兵から太平洋戦争にいたるまで、どうも日本人には桃太郎的な心が宿っているように思えてしかたありません。〉

若い人たちに向けて、大人たちに向けて、こんな遺言を。

〈自分の人生をすべて捧げても悔いの残らない本当に好きな道を見つけてもらいたい。そして、そんな道を見つけたら、どんな苦労をしてでも真っ直ぐに進んでもらいたい。辛くて、苦しくて、自分がすごく遠回りしているように思えるときもある。でも実はそれが人生を豊かなものにするいちばんの近道です〉

〈若い人だけではありません。前にもお話したように、好きな道を歩き始めるのは、歳をとってからでも決して遅くはないのです。六十歳からでも、七十歳からでも、八十歳からでもいい、諦めずに自分の道を探してもらいたい。〉

そして最後は、こんな言葉で締めくくられています。

〈そのうち何か楽しいことがあるだろう、などと呑気に構えていてはいけません。明日には死んでいるかもしれないのです。人生を楽しむとは、今日この日を楽しむこと。この世に悔いを残さないためには、全力を尽くして今日を生き抜くしかないのです。〉

映画は時代を映す鏡です。だから、昔の映画は良かった、などという繰り言は言わない。いまの映画がいちばんと思って観ている、と。物心ついてから89歳で亡くなるまで、80年という歳月を映画に捧げて生き抜いた人の言葉は、やっぱりすごいや。

by naomemo | 2009-12-03 08:26 | シネマパラダイス

原点回帰の潮流?


今朝の日経新聞に、「中国の金保有、10年以内に10000トンに」という記事があった。

中国の政府高官の発言というのだけれど、なんだかドル離れにドライブをかけるような内容。どんな意図があるのか知らないけど、数字だけ見ると10000トンというのは、つまり米国の金保有8000トンを上回る量ということになるね。中国は、金生産量、金消費量に続いて、金保有量でも世界ナンバー1を目指すということか。

それにしても、10年以内に10000トンってことは、年間1000トン。これは世界の年間需要の3割近くに相当しますね。実際にそんなことが可能かどうか知らないけれど、もしも、本当に、粛々と進行するとなると、うーん、どうなるんでしょうね。

話はちょっと跳ぶけど、金が復活したのは、2000年頃からと言われる。この10年で同じように「復活」したものに何があるだろうか。いまとっさに思い浮かぶものは、宗教である。近頃、ロシア国内における正教会復活のニュースや番組をときどき見かけるようになった。すでに米国内では各地に巨大なアリーナのような教会が立ち上がっている。日本でも、作家の五木寛之が全国各地の寺を巡るTV番組「百寺巡礼」が始まったのは、ここ10年以内のことだろう。

金はドル集中への反作用、宗教は格差拡大の反作用という面があるのだろうけど、もっともっと大きな「原点回帰の潮流」のひとつとして眺めた方がいいかも知れないね。

by naomemo | 2009-12-01 09:06