以前、スロージョグのことを書いた。その記事を読んだ友人が興味を覚えたらしく、某日の夜、駒沢公園まで出かけて走ってみたそうだ。

本人、軽い腰痛持ちらしいんだけど、駒沢公園を2周、およそ5キロ弱を、痛みも出ることなく、息苦しさを感じることもなく、らくらく走り通せたそうだ。「驚き」と、わざわざメールに書いて寄越したのだった。うん、うん、うん、そうでしょう、そうでしょう、そうでしょう。正直、僕自身も、いまだに半信半疑ながら土日に1時間ずつ走っているのだから。

それにしても、友人とはいえ、このブログを読んで、おすすめ映画を観て感想を送ってくれたり、わざわざ駒沢公園まで出かけて走ってみてくれたりして、うれしいかぎり。ありがとう。

ということもあって、スロージョグに関するアーカイブへのリンクを貼っておきます。今日は、なんだか朝から仕事が詰まってるので、これにてお終いです。

スロージョグ関連記事
恐るべし、スロージョグ。
スロージョグを始めてみよう、と。

by naomemo | 2009-11-30 09:15


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以前、ちょっとだけ取り上げたことがあるけれど、知人に月間500キロほど走っている強者がいます。その彼が、昨夕、会食の前に皇居一周ランを終えてお風呂屋さんに向かう際、横断歩道を渡っていて、左折する車に飛ばされたらしい。

幸い大事にはいたらなかったそうですが、冬は陽の落ちるのも早いし、気をつけてくださいね。最近は、横断歩道だから歩行者優先なんて思っていると、とんでもないことになりかねません。横断歩道手前で立ち止まっていても、まったく止まる気配さえ見えない車が増えてきました。無視しているのか、見ていないのか、あるいは見えているのに見えていないのか。

交通ルール無視でいえば、先日、車を運転してて交差点を左折しようとしたら、前方対向車線の車がいきなり右折で突っ込んできました。あやうく接触するところでした。右折左折での左方車優先というルールなど、まったく無視です。ルールなんてどうでもいいのか、相手を見る余裕がないのか、自分のことが最優先になっているのか。最近、こういうことが多いのが気になる。最低限のルールとかマナーが守られなくなるっていうのは、ちょっとヤバイ兆候じゃなかろうか。

さて、ドバイ・ワールドやら、ドル安円高やら、二番底懸念やら、いろいろ気になることはあるけれど、横において、遅ればせながら「今週の一枚」であります。

じつは、今日はシューベルトの交響曲を取り上げようと思っていたのだけれど、気が変わりました。たまにはジャズを取り上げてみようかな、と。クロード・ウィリアムソン・トリオの「クレオパトラの夢」。このアルバムには、表題作のCleopatra's DreamやSo Whatなどの名曲も収録されていますが、僕が電車の中で繰り返し聴いているのは、Sonoraという曲。なんとも甘くて、せつなくて、ユルユルにほどけちゃいます。いつまでも聴いていたくなるから困っちゃうんだけど。

プレーヤーは、クロード・ウィリアムソン(P)、サム・ジョーンズ(b)、ロイ・ヘインズ(ds)。彼らの演奏を聴いていると、ジャズの生命線はスイングにあるんだよなって、あらためて思ったりしますね。

by naomemo | 2009-11-27 08:28

金と千両みかん

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古典落語に「千両みかん」という演目があります。暑い夏、大店の若旦那が急に患い、明日をも知れぬ重病になるのだけれど、医者の見立てによれば、気の病だという。なにを思い煩っているのかと父親の旦那がいくら尋ねても、ラチがあかない…。

そこで、気心の知れた番頭さんが呼ばれ、若旦那から患いの種を聞き出すことに。ここまでは、ほとんど「崇徳院」と同じような展開なんだけど、ここから先がちと異なる。恋慕う相手というのは、どこそこのお嬢さんじゃなくて、先の暮れに紀州で巡りあった、ハリがあって、ツヤツヤしてて、瑞々しくて、香りのいい「みかん」だというのだ。番頭さん、思わず吹き出しながら、後先を考えず、手に入れてきましょうと安請け合いをしてしまう。

いまでこそ品種改良やら特殊な栽培方法で作られたみかんはあるのだろうけれど、この演目は江戸中期に出来上がったもの。しかも時節は夏の土用と来ている。みかんなど、容易に手に入るものでもない。けれど、そこは落語のお噺、あちこち脚を棒にして探しまわってみると、ある問屋の蔵の奥に、1個だけ腐らずに残っている。値段を聞けば、千両だという。まさか。でも、大店の旦那は、息子の命が助かるなら、千両など安いものよ、と。

みかんを、ひとふさずつ、おいしそうに食べる若旦那を眺めながら、番頭さんは考え込んでしまう。将来「のれんわけ」される時にいただける支度金は、はて、さて、三十両だろうか、五十両だろうか。ところがいま目の前にある「みかん」は、ひとふさが百両。番頭さん、何を勘違いしたか、欲に目がくらんだか、「父さんと母さんに」と若旦那が残したふたふさを、ガバと掴んで逃げ出してしまう。

ほんと、バカバカしいお噺なんだけれど、でも笑ってばかりもいられません。これ、いま、実際に世界の金市場で起きつつあることに似ているんですね。桁違いのマネーを運用しているファンドや欧米の富裕層は、いわば大店の旦那です。大量に増発されて価値がどんどん薄まっている通貨の現状を前にして、彼らは、全世界の地上在庫がプール3杯半ほどしかない金の現在の価格をどう見ているでしょうか。

だって、みかん一個が千両ですよ。それを安い物だという旦那がいるんです。これはもちろん落語なんだけれど、おなじ人間の考えること、実際にあっても不思議じゃありません。その結果、下手をすると、数年後、金には、信じられないような高値がつく可能性だってないとは言えません。もちろんバブルの果てのことに違いないだろうけど、その時になって冷静じゃいられなくなるのは果たしてこの番頭さんだけと言い切れるだろうか。

画像出典:
http://www.mikanfarm.com/hinnsyu/kuradasi/kuradasi.html

by naomemo | 2009-11-26 08:33 | 音楽から落語まで

ちょっとした疑問です


昨日の日経朝刊「きょうのことば」に、「モーダルシフト」ってコトバが取り上げられていました。それによれば、人一人を1キロメートル運ぶ際に出るCO2排出量では、鉄道は自動車の約九分の一だという。

この九分の一という数値の根拠はよく分らないけど、もうずいぶん前から、燃料価格高騰への対策として、またCO2排出抑制への対策として、鉄道輸送が見直されつつある。陸上の移動交通手段は、馬や馬車から鉄道やバスへ、二輪や四輪の自動車やトラックへ、そしてふたたび鉄道やバスなどに目が向き始めているってことだね。最近はクルマを欲しがらない若者も増えつつあるし。

そういえば、これまで自動車のセールスポイントのひとつに「静粛性」というものがあった。高級車ほど静粛性ってやつが求められてきたわけだけど、ハイブリッド車や電気自動車では「静粛すぎる」ことが歩行者や自転車の安全を損なうということで、わざわざ音を出す仕組みの導入が始まっていたりもする。

なんだかトラックを一周して戻ってきたような印象。基準が変わる時代ってことでもあるのかな。

とはいえ、いくら環境に良いからといって、まさか江戸時代や明治時代のように駕篭や人力車に頼るわけにもいかない。便利な自動車に頼りすぎず、路面電車やら地下鉄やらバスなどの公共交通をもっと利用して、できるだけ自分の脚で歩く。このあたりが、ほどほどの現実解なんでしょうね。ちょっとの不便を受け入れて、時間やらプロセスをゆっくり楽しむ余裕を持つっていうかさ。そんな悠長な、って非難が聞こえてきそうだけど…。

それはそれとして、いま、ふと思ったんだけど、新幹線の料金って高すぎませんか。大勢の人間を載せて移動しているわけだから、一人当たりのCO2排出量が削減できるだけじゃなく、料金だって本来はもっと安くできるんじゃないのかな。そもそも自動車で移動するより鉄道で移動する方がコストがかかるっていうのは、なにかヘンな気がするけどね。

高速道路通行料金の無料化はCO2排出量の増大につながる可能性大だけど、新幹線料金の値下げは問題ないと思う。航空行政への遠慮でもあるのだろうか。よく分らないのだけれど、ちょっとした疑問です。

by naomemo | 2009-11-25 08:46

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いろいろ野暮用が重なってたけど、昨日、ようやくマイケルのTHIS IS ITにありつきました。

300席ほどの箱が満席の状態。久しぶりに熱気溢れる場所に来たなって感じだった。映画館って、やっぱり、こうじゃなくっちゃね。でも、こうしてみると、映画ファンより、音楽ファンの方が圧倒的に多いってことなんだね。

いやいや、そんなことはどうでもいい。THIS IS ITのどこが素晴らしいって、そこに素のマイケルがいるってことだよね。マイケルといえば、ここ数年は彼の奇行ぶりばかり報道されてきたけれど、ここにはコンサートに全精力を傾けるポップ・スター、マイケルがいる。そして、マイケルとの共演を夢見て世界中から集まったスタッフがいる。通常はけっして人目に触れることがない、リハーサル時の素のマイケルが観られるのだ。これは奇跡ですよ。観なくて、どうする、って感じ。

ダンサー、コーラス、演奏家たちに向けて出す、微妙なテンポやニュアンスの指示。照明へ要望。ステージで合体する映像のチェック。完全主義者と言われるが、選び抜いたスタッフを信じてパワーを注入していく姿は神々しくさえありました。ほんとカッコよかった。もう、ずーっと、観ていたかったなー。

日頃マイケルを好んで聴いているわけではない連れも、感動し、最後は冥福を祈っておりました。コンサート、実現させてあげたかったなー。もう観ることができないから、なおさら気持ちがつのる。ちなみに当の配給会社に長年勤務する友人は、こんなメールを書いて寄越した。「こんなに興奮した公開は、もしかしたら最初で最後かもしれません」だって。



by naomemo | 2009-11-24 09:05 | シネマパラダイス

古今亭菊六、二席。

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先週末の金曜日の夜、久しぶりに築地まで出かけて、菊六の高座を堪能した。今回の演題は、「そば清」と「明烏」の二席。

「そば清」は、蕎麦の大食い名人の清兵衛さんと、それと知らずに何枚食べられるか賭けを挑む江戸の町人衆とのユーモラスな駆け引きを描いたお噺。清兵衛さん、最後は未体験ゾーンの50枚に挑戦することになるのだが、そのシュールなエンディングもさることながら、限界を越えて蕎麦を口の中に詰め込んでいく顔の表情も、じつに素晴らしかった。感動しました。

「明烏」は、大店の主人に頼まれて、町の遊び人連中が、超堅物の若旦那を遊郭吉原へ女郎買いに連れ出していくお噺。堅物をだましだまし連れて行くシーンも、手がつけられないほど駄々をこねた堅物の翌朝の豹変ぶりも、みごとだった。ほとんど志ん朝で聞いている気分だったな。

菊六は先月、「NHK新人演芸大賞」の落語部門で大賞を受賞したらしいが、さもありなん。聴くたびに、芸の広がりと深さが増している感じ。とくに今回の「そば清」では、新しい領域を開拓しつつあるなと実感しました。

by naomemo | 2009-11-23 09:16 | 音楽から落語まで


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以前も触れましたが、世界的に金に対する注目がヒートアップしている感じですね。思うに、おそらく一番の理由は、基軸通貨ドルの足元が大きく揺らいでいるところにあるのでしょう。基軸通貨が揺らいでいるくらいだから、他の通貨とて安泰じゃないでしょう。さらに、世界経済の重心が、西から東へ移動しつつあることも、影響しているかも知れません。

さて、今日は本の紹介です。この夏、知人の亀井幸一郎さんが金に関する本を出版されました。タイトルは、「金が売られた時代、買われた時代」。なんだか面白そうだなあと思っていたんだけど、ついついツンドク状態にしてしまい、昨日ようやく読み終えたという次第。

金に関する本というと、どうも「陰謀史観」に彩られた感じのものが多い。なぜか、まともな本に出会えない。でも、この人の本は、正確さを尊ぶゆえか、ちょっとややこしい言い回しが散見されるけれど、事実やデータに基づいて書かれているので好感が持てます。そしてもちろん、すこぶる詳しい。そしてまた、金がどういう位置づけにあるのか、じつによく分ります。僕がここであれこれ書くより、原文に当たるのがいちばんでしょう。とくに、第4章以降がドラマチックだし、筆が乗ってきた感じもあり、面白かった。

まえがき

第1章 世界バブル崩壊と金
     2009年再び騰勢を強める金
     金市場、1000ドルはバブルにあらず
     (時間の経過が受け入れる、金1000ドル)
     金市場に需給構造の変化をもたらした金ETFの登場
     導火線の長い打ち上げ花火、それが金市場

第2章 2000年に眠りから覚めた金
     金 かくも不思議なモノ
     転換期としての2000年

第3章 金は国際資本市場を映す鏡
     5年ごとにトレンドを変えてきた金市場とポイント
     としての外部環境の変化
     ドルが上がると金が下がり、ドルが下がると
     金は上がる
     株で儲けたかったら金市場を見なさい

第4章 金が買われた時代と忘れられた時代

第5章 金市場の個別イベントを検証する
     「ワシントン協定」の背景と意義、経過について
     金鉱山における陰と陽
     国内投資家の金へのスタンスの変遷

第6章 金市場が見える国際金融怒濤の時代

終 章 投資対象として本格的に認知された金
     米国中央銀行組織FRBの信認と金


by naomemo | 2009-11-19 08:30


先日、スロージョグのことを書いたけど、今回はその続きです。この土曜日に、太極拳の前に時速5キロで40分ほど走ってみたけれど、らくらく達成できちゃいました。気を良くして、翌日曜日は時速5キロで1時間にトライしてみましたが、結果はやはり、こちらも拍子抜けするほど容易に目標クリア。どうして1時間もらくらく走れるのか不思議。恐るべしスロージョグ、というのが率直な感想です。どういうことなんでしょ?

でも、1時間走っても、たったの5キロ。2時間走って、ようやく10キロ。とても、LSD(ロング・スロー・ディスタンス)とはいきませんね。こんなんでいいの?と思うけど、しばらく土日に1時間ずつ続けてみようと思います。なんでもファストが全盛の時代に、あえてスローにこだわるところに価値があるのだ。なんて、我ながら、とても説得力あるようには思えないけど、それでいいのだ。時代のトレンドは、ファストからスローへ、と言い切ってしまうのだ。だって、味のあるスローには、魅力があるじゃないか。ちょっと、しつこいね。

さて、ついでなんだけど、太極拳のこと。土曜日、劉先生の教室2回目の参加だったけど、やっぱりキツかった。スローな動きで重心を移動させるので、お尻や太ももにかかる負担がじつに大きい。信じがたいかも知れないけど、5分ほど動いただけで太ももが悲鳴を上げ始めるんだよね。汗も吹き出してきます。ときどき休憩があるとはいえ、75分はほんとキツいです。

太極拳って、老人たちの健康体操なんていうイメージがあるけれど、とんでもないね。老人たちだけの専売特許にしておくなんて、もったいない。スロージョグでお尻と太ももを強化しつつ、これからも頑張って続けるのだ。じつは、なんとなく、ゴルフにもいいような気がしているのだ。

by naomemo | 2009-11-18 08:57


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今朝の朝日新聞に、サッチャー死亡の記事が掲載されていましたね。なに、サッチャーといっても、英国の元首相のことじゃなく、カナダのベアードという運輸相が飼っている愛猫サッチャーのことだってさ。政治家のパーティ会場内で、知人に、携帯メールで「サッチャーが亡くなった」と知らせたところ、それが、あの鉄の女サッチャーと混同され、あちこちでありし日のサッチャーの思い出話に花が咲いたのだとか。笑えるね。

猫のサッチャーは16才というから、人間の年齢でいえば80才ほどになるでしょうか。飼い主から見れば、老いた赤ちゃんみたいなものです。悲嘆にくれて、冷静な判断が下せなかったに違いないね。こんな話、猫嫌いから見ればフンパンものかもしれないけど、ま、いいじゃありませんか。それよりも、サッチャーが押し進めた新自由主義の胎内に、いつのまにやら強欲ウィルスが入り込み、巨大なバブル怪獣が誕生、それが息も絶え絶えの状態にあるいま、たとえ猫のこととはいえ「サッチャーが亡くなった」という話が出るのは、なんだか象徴的だよね。

さて、まったく関係のないような、長いマクラになってしましましたが、先週末から連れ合いが風邪をこじらせて寝込んでおります。猫の世話を含めて、なんやかんやタイヘンであります。ということで、今週の一枚は、自分を景気づけてくれるアルバムをチョイス。ご存知のヨハン・シュトラウスであります。指揮ジョス・ファン・インマゼール、演奏アニマ・エテルナ。どこまでも明るく愉しい曲集であります。僕は以前からインマゼール率いるこの古楽器演奏グループのファンなのであります。

by naomemo | 2009-11-17 08:30

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先週の土曜日、これまた港北マイカルで、待望だったジャームッシュの新作、THE LIMITS OF CONTROL(リミッツ・オブ・コントロール)を観てきた。夕方一回だけの上映なので、ひょっとして満席になるのだろうかと思ってたら、200席はあろうかという箱で観客はわずかに10名足らず。なんてこった。

本来ならここでレビューに移っていくところなんですが、この作品はちょっと難物です。もう少し反芻しようと思います。つなぎとして、今日は、映画の見方を一変させてくれた一冊の本を紹介しておきます。社会に出たての頃に読んだもので、対談の名手と呼ばれていた小説家吉行淳之介さんの対談集です。いまはもう手元にないので、タイトルはうろ覚えなんだけど、たしか「吉行淳之介の恐怖対談」、当時、新潮文庫から出ていたと思います。間違ってたら、ごめんなさい。そのなかに、映画評論家の淀川長治さんとの対談がありました。それが、もう、なんとも凄かったんです。

淀川長治さんは、生前、長いこと日曜洋画劇場を担当されていました。いつもそのエンディングで、「さよなら、さよなら、さよーなら」と、小首をかしげながら手を振っていた映像がいまでも浮かんできます。どんな作品でも、どこかしらいいところを探し当ててレビューされていたのですが、正直なところ、もう少しピリリとしたこと言ってほしいなあ、なんだかいい加減じゃないの、なんて思っていたところがありました。そこにどれほどの意味があるのか、じつはよく分っていなかったんです。幼かった。

でも、その対談を読んで、一変しました。淀川長治さんのイメージが根底から覆りました。なになに、このおじさん、映画をそんなふうに観てんの!!!もう、ガーンってやつです。題材に使ってたのは、アランドロン主演の「太陽がいっぱい」。対談の最中に、あれは世界初のホモセクシャルの映画だって発言があったんですよ。ホスト役の吉行淳之介さんも、似顔絵担当としてその場に居合わせていたらしいイラストレーターの和田誠さんも、編集者も口あんぐり状態になってる感じが行間から漂ってきました。

誰も頷く気配がないのを見て、(その場に居合わせたかのように書いちゃいますが)、淀川さん、やおら説明を始めたんです。ひとつひとつシーンの意味を解きほぐしていくんです。えっ、ウソでしょ、それ…。ほんと、おそるべし。あー、でも、でも、残念ながら、ここから先は書けません。忘れた訳じゃありませんよ。もう、何度も繰り返し読んだんだから、忘れる訳ありません。興味がある向きは、ぜひ原本に当たってくださいな。たぶん、映画の見方が大きく変わると思いますよ。というか、映画がもっともっと愉しくなりますよ。

さっき、アマゾンで調べてみたら、いまは講談社文芸文庫から出ている「やわらかい話ー吉行淳之介対談集」の中に収まっているようです。本の画像と一緒にアマゾンへのリンクを貼っておきますね。では、さよなら、さよなら、さよーなら。

by naomemo | 2009-11-13 08:45 | シネマパラダイス