カテゴリ:音楽から落語まで( 42 )

会津に行ってみたいなあ

c0112103_7383538.jpg


NHKの大河ドラマ「八重の桜」が面白い。面白いけど痛切な気持ちにもなる。面白くて切ない。複雑な感慨に囚われている。

明治維新を扱ったドラマといえば、これまで「官軍=薩長の視点」から描かれたものがほとんどだったと思う。だから薩長の敵となった「賊軍=会津」は、どうしたって分が悪い。だいたい歴史の教科書も、明治維新は薩長の視点から書かれているのではあるまいか。

けれど「八重の桜」は賊軍たる「会津」の視点で描かれている。おかげで、僕の中で見知っていたはずの明治維新の相貌が変容しつつある。

そして、そうか、この時に薩長が駆使した「偽勅」「偽錦旗」の乱発が、後々の軍部の「統帥権」の乱発に繋がっていったわけだな、と気づくに至った。

司馬遼太郎の「街道をゆく」に「白河・会津のみち」があると知り、あちこち道草しながら、ゆるゆると読んでいる。会津に行ってみたくなってきたなあ。

by naomemo | 2013-06-18 14:25 | 音楽から落語まで

c0112103_7402593.jpg


久しぶりの投稿です。

もうひとつのブログ「はじめての金読本」は毎週更新しているし、Facebookやtwitterは時々やっているんだけど、こちらのブログは長く放置してまった。なんとなく、このブログとの関係が見えにくくなったというか、どうにも距離感がつかみ難くなってしまっているようです。

さて、それはそれとして。ずっと迷ってたんだけど、先日、ついに意を決して買っちゃいました、Kindle PaperWhite。ただいまブレーク・イン=馴らし運転中といったところ。

何を読んでみようかなあ、と、数冊ダウンロードして上で、まず読み始めたのが、漱石の「坊ちゃん」だった。じつに46年ぶりの再読だった。

ざっくりと大筋は覚えていたし、赤シャツの存在や山嵐の存在も覚えていたのだけれど、当時どんな印象を持ちながら読んだのかは記憶にない。たぶん主人公「坊ちゃん」に寄り添って、その目線で物語を追っていたんだろうと思う。

そして老境に差し掛かった今になって読み返した印象はといえば、主人公ってこんなに気が短くてワガママな「おぼっちゃん」だったっけ?ということだ。そう、「坊ちゃん」は、おぼっちゃま君だったのだ。

それだけじゃない。もっと驚いたのは、漱石の「坊ちゃん」といえば、痛快な教養小説として読み継がれてきた物語だし、僕もそう思い込んでいたわけだけれど、じつは用意周到に編まれた「日清戦争当時の軍部批判の書」としても読む事ができる作品だということ。多様な読み方ができるのも、名作の証しと思う。

Kindleを手にしなかったら、おそらく「坊ちゃん」を読み返すことなどなかったと思う。じつに貴重な読書体験だった。Kindle、悪くない。

by naomemo | 2013-06-14 10:48 | 音楽から落語まで

朝からStingを聴きながら

c0112103_11121237.png


Stingのアルバムを聴き直している。そのなかで、これまでもヘビロテになっていたのは、"Ten Summoner's Tales"と"Brand New Days"の二枚。でも、ここに、新たにヘビロテになりそうな一枚が加わった。

それが上の写真の"Symphonicities”。過去の名曲が、オーケストラ用に編曲され、装いを新たに生まれ変わった。いいね、これ。

さて、来月早々から新しい仕事に取り組むことになった。責任も大きいのだけれど、その分、楽しみも大きい。今朝Facebookで知った、サミュエル・ベケットの言葉を胸に、ちと頑張ってみようかと思っている。

Ever tried. Ever failed. No matter. Try Again. Fail again. Fail better.
『挑んでみた。失敗した。構わない。また挑め。また失敗しろ。今度はもっと上手く失敗しろ。』

by naomemo | 2013-03-21 11:15 | 音楽から落語まで

c0112103_18362788.jpg


先日、近くの本屋さんでたまたま手に取ったのが、丸谷才一・山崎正和の「日本史を読む」。通勤電車のなかで、みずみずしい果実を少しずつ頬張るように味わいながら読んでいる。知識を総動員して、想像力を逞しくして、味わい深く読み込むものなんだねえ、歴史って。こういう本に出会えて仕合わせです。だから読書は止められない。

by naomemo | 2013-01-08 17:51 | 音楽から落語まで

悲しい物語だった

c0112103_21121699.jpg


ゴミ屋敷老人の存在がマスコミを賑わしたことがあった。なんだろう、これは?と、あれこれ思いながらニュースを眺めることがしばしばだった。だから橋本治が、ゴミ屋敷老人を扱った小説を書いたと知って、さっそく入手した。それが三年前のことだ。

ところが年末に名古屋に帰省した矢先、読みかけの本ともどもバッグごと強奪された。パソコンも、着替えの洋服も、なにもかも。そんな経緯もあって、なかなか買い直す気分にもなれず、いたずらに時が過ぎた。

先日文庫化されたことを知って、ようやく買い直す気分になった。ゆるゆる、ゆるゆる、ゆるゆると読み進んだ。結末にいたって、じつに悲しい気持ちになった。

ゴミ屋敷老人の一生を通して、彼の身体を通して、戦後の日本が描かれていると云えばよいだろうか。私自身も生きて来た時代が、たしかにそこにあって、少しザラついた手触りとともに思い出された。このひとの時代感覚は、ちょっと特別だね。傑作だと思う。

それにしても、その昔、東大駒場祭のポスターで「とめてくれるなおっかさん 背中のいちょうが泣いている 男 東大 どこへ行く」とやった男が、ここまでの高みと深みを獲得するまでになったのか、という感慨しきり。

by naomemo | 2012-12-06 14:46 | 音楽から落語まで

古今亭の真打ちお披露目


先週土曜日は早朝ゴルフ練習場で2時間ばかりアプローチの集中練習。帰宅後そそくさと朝食を摂って、劉先生の太極拳教室へ。一年半かけて一通り覚えた四十八式を、いま一度、身体の使い方からひとつひとつ細かく復習している段階。太極拳、やればやるほど奥が深いなあと感じてるところ。汗びっしょり。

c0112103_1241585.jpg


そのあと、急いでシャワーを浴び、半蔵門の国立演芸場へ。ただいま、古今亭一門の真打ちお披露目興行の真っ最中なのだ。珍しいことだと思うが、一門から二人同時に真打ちが出た。朝太と菊六が、それぞれ志ん陽、文菊となったのだ。しかも菊六は28人抜きで真打ちに抜擢されている。当方は、以前から菊六の高座に通っていたこともあり、うれしい限り。

c0112103_12435547.jpg


今回、真打昇進披露口上で口火を切ったのは、三遊亭圓歌だった。古今亭一門のお披露目になぜ圓歌が登場しているんだろうと思ったら、つい最近、菊六の師匠であると同時に一門の惣領でもあった圓菊が、興行中に亡くなったためだとか。知りませんでした。

c0112103_12424568.jpg


その圓歌が口上で、文菊は運がいい、と言った。なんだろう?28人抜きのことか?と思ったら、そうではなく、興行の始まる前に師匠が亡くなってたら、興行そのものが中止になってたんだから、こいつは運がいい、と。なるほど、そういうもんだろうと思った。また、古今亭一門は、志ん朝が亡くなってから良いことがなかったから、久しぶりに陽が差して良かったと思うとも言ってた。その通りだね。亡き志ん朝ファンとしては、これを機会に、年に一度でいいから一門会でもやったらいいのにと思ったりしている。やってくれないかな。

by naomemo | 2012-11-05 12:49 | 音楽から落語まで

これもいいなあ


このシモーン・ホワイトの"Never Be That Tough"って曲もええどすなあ。アニメに登場するクマさん、ちょっとエッチな雰囲気も醸し出していて、そしてもちろんワイルドでもあって。深い物語。それにしてもシモーンの声はいいなあ。昨晩、アマゾンでCD2枚、ポチしました。明日手元に届く予定。楽しみ。

by naomemo | 2012-10-16 16:41 | 音楽から落語まで


知人から教えてもらった。シモーン・ホワイト焼き芋の歌。アニメーションもなかなか面白い。癖になっても責任は負いませんから。

by naomemo | 2012-10-15 15:19 | 音楽から落語まで

柳家三三の高座へ

c0112103_1633332.jpg


先週末、久しぶりに高座へ足を運んだ。古くからの友人に誘われて、初めての虎ノ門J亭落語会、柳家三三の独演会だった。三三は「さんざ」と読むのだけれど、「さんざん」とも読めるところが面白い。小三治の弟子で、若手の注目株らしく開演後は140〜150席ばかりの会場はほぼ満席だった。

前座のあと、本人、登場。ふむふむ、なかなか男っぷりもいい。声もしっかり通るし、まくらもなかなか洒落てる。なにより背筋がピシッと伸びた話しっぷりに好感が持てる。どんな演し物なんだろうと思ってたら、一席目は「ろくろっ首」だった。うーむ、これは、噺そのものにリアリティが欠けるだけに、観客を惹き付けるには、かなりチカラがいると思いながら聞いた。

次に、ゲストとして登場したのが、柳家喜多八という三三の兄弟子。演し物は「明烏」。「明烏」は志ん朝のCDで何度も聞いてるので、つい比較しながら聞いてしまったのだけれど、この人、かなり強弱を付けた、碎けた話しっぷり。それはそれで面白いし悪くはないんだけど、いかんせん、ちと滑舌が悪くて聞き取りにくい。そこが難点だった。

そして三席目に、ふたたび柳家三三が登場。演し物は「花見の仇討ち」。話しっぷりは堂に入ったもの。でも、ちと物足りなかったなあ。噺そのものに色気がないことも手伝ってか、感動とか笑いにつながって行かない。噺の世界へスーッと入って行って、いつのまにか江戸時代の上野にいる、という具合にはならなかった。

落語の楽しみ方にはいろいろある。だから一概には言えないのだが、噺を聞きながら、いつのまにか時空をポンと超えられることを楽しみにしている客には、正直、いまの柳家三三では、ちと物足りない。古今亭志ん朝、立川志の輔あたりと比較してしまうので辛口になってしまうもかもと思っていたら、隣で聞いていた友人も、いまいち物足りなかった様子。

ま、当たり外れ、出来不出来があるのが高座というもんです。

by naomemo | 2012-02-20 14:56 | 音楽から落語まで

国芳を観て来た

c0112103_12583449.jpg

没後150周年を記念し、作品総数420点ばかりを一堂に会した歌川国芳の展覧展が開催されると聞き及び、前から楽しみにしていた。休日は大変な混雑と聞いていたので、いろいろやりくりして先週金曜日の夕方、2時間半ばかり時間を取って観て来た。

迫力あるなあとか、奇抜な発想だなあとか思いながら、一点一点眺めているうちに、おや?と気づいたことがあった。彼が描く世界には、実在する、あるいは空想上の、さまざまな生き物が登場するのだが、どうも「水に関係する」生き物が多く登場するなあ、と。

鯉、蛙、龍、蛇、鰐、鯨、蛸、なかでも鯉、蛙、龍はよく登場する。そこに気づいてから、もういちど美人画や風景画を眺めなおしてみると、背景に、湖、河、海、池などがよく描かれているではないか。どういうことなんだろうね。これほど「水」に拘った画家も珍しいのではないだろうか。

たしか「水」は無意識に通底するモチーフと聞いたことがあるけれど、ひょっとすると、国芳は、毎晩のように夢に登場する様々なビジョンを、画面に再現することができる特異な才能の持ち主だったのかも知れない。そんな感想を抱きながら、とっぷりと暮れなずんだ六本木の会場を後にしたのでした。

by naomemo | 2012-02-01 12:59 | 音楽から落語まで