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花粉が…

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水温む候というのか、三寒四温というのか、温かくなったり寒さが戻ったりしているうちに、花粉が飛び始めました。昨日から頭がギューッと締められているような感じ。春はうれしい、だけど花粉はこわい。

先日の日曜日、久しぶりにマイカル・シネマへ出かけて「毎日かあさん」を観てきた。作品そのものは、あまり期待していなかったけど、チケットを貰っていたので、いや、ウソです、あ、いや、それは事実なんだけど、正直に告白するとキョンキョンの隠れファンなので、観に行ったのでした。

なかなか面白かったよ。キョンキョン、やっぱりチャーミングでした。まったく文句なし。堪能しました、作品も。そうそう、親子連れがいっぱいで、ちょっとビックリでした。かなり夫婦の厳しい場面もあるんだけど、でも、みんな集中して観ていたみたい。物語にチカラがあるってことだね。




by naomemo | 2011-03-03 09:49 | シネマパラダイス

巨大な鍋料理

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おそらく時代を反映しているのだろうけれど、欧米の映画には移民がよく登場するようになったような気がする。つい最近では、クリント・イーストウッド監督の「グラントリノ」、ケン・ローチ監督の「この自由なる世界で」が印象に残っている。数え上げたら相当数にのぼるかも知れないけれど、おそらくは移民を受け入れる側の視点から描かれたものが多いんじゃないだろうか。

でも、先日、渋谷シネマライズで観たファティフ・アキン脚本・監督の8作目「ソウルキッチン」は、主人公ギリシャ系ドイツ人の視点から描かれた作品だった。前々作の「そして、私たちは愛に帰る」は監督本人とおなじトルコ系ドイツ人の視点から描かれていた。欧州には中東を初め、さまざまな地域からの移民が増加し、それがエネルギーにもなっている一方、さまざまな軋轢から排斥運動も生んでいるようだけれど、ファティフ・アキンの作品を観ていると、そうした歴史が成熟に向かうプロセスにあるのかなとも思えてきたりする。

さて、肝心の「ソウルキッチン」なんだけど、ドイツは北西部に位置する港湾都市ハンブルグにあるレストラン「ソウルキッチン」を舞台にし、多民族の素材をどっさり入れて煮込んだ鍋料理のような作品だった。

多民族都市ハンブルグの縮図としてソウルキッチンがあり、そこに、さまざまな顔立ちの人物たち(おそらく移民達)が出入りする。主人公ジノス・カザンザキス(ジャンクフード・キッチンのオーナー)、その兄貴イリアス・カザンザキス(仮釈放中の身で大のカードゲーム好き)、職人気質の天才料理人ジェイン・ワイズ(ジノスに雇われる天才料理人だが天使というか触媒のような存在に見えるな)、ジノスの恋人ナディーン(富豪の娘でジャーナリスト志望)、ウエイトレスのルチア(絵描き志望の大酒飲み)、地上げ屋(?)の友人、魅惑的な理学療法士のアンナ、税務署の堅物係官などなど。みなそれぞれの立場で、失敗にもめげることなく、じつにけなげに生きていて、そこがなんともうれしくなる。

キッチンに流れる音楽も、ジャズあり、ロックあり、ソウルあり、ワールドあり。人も音楽も、あらゆるものがごった煮で、めまいがするほどのカオスがここにはある。甘みもあり、苦みもあり、酸っぱみもあり、哀しみもあり、懐かしさもあり、底抜けの笑いもあり、でも漂う香りはじつにモダンという、奇妙な味が味わえる。好きな作品だ。




by naomemo | 2011-02-14 09:10 | シネマパラダイス


一昨日、J-waveを聴いていて知ったんだけど、東宝系映画館が新作映画鑑賞料金の値下げに踏み切るんだとか。昨朝、同じ情報をTVニュースでも取り上げていたけれど、取材された担当者の口から出た二つの言葉が気になった。「デフレに対応」と「やってみようということになった」。

まず、デフレ対応が決断理由というのなら、もっと早く対応すべきだったと思うけどね。大きなグループゆえ大きな決断には時間がかかるのかも知れないけれど。それにしても東宝系映画館のスクリーン数は、国内の全スクリーン数の2割を占めているらしいから、少なからず業界全体に影響を与えることになるだろうという気はする。映画は大衆娯楽の要素が強いから、1000円くらいまで安くしてもらいたい気はするけどね。

もうひとつ。「やってみようということになった」という表現に、なにやら煮え切らないものを感じたのは、おそらく私だけじゃないと思う。ネットで調べてみたところ、大人を1500円に、18才未満を1000円に統一。そして現行1000円のシニア料金を廃止するか年齢を引き上げることを検討中という。今春3月から一部地域で試験的に実施し、来春をメドに全国で実施の予定とか。でも、この新料金体系は必ずしも値下げばかりとは言い切れないし、どういう効果をもたらすか不明。流動的な気がするので、しばし成行きに注目かな。

最大の問題は、1800円を1500円にしたくらいで集客につながるかどうかは微妙ってことだよね。と、ここで、映画配給会社にいる友人に訊いてみたところ、「一部の館で試験的に一年間やってみて、良ければ来春から東宝全70館で実施する予定」と、東宝から説明を受けているそうだ。この言葉は、良くなければ変更する、とも読める。そしてこれまで他社との競争上やむなく実施していた各種割引制度を全廃するんだとか。売上げ全体は変わらないと踏んでいるようだけど、さて、映画ファンがどう感じるか、だよね。

by naomemo | 2011-01-21 12:56 | シネマパラダイス


先日、某映画会社の友人とご飯を食べながら、業界の話をいろいろ聞いた。そのなかの一つに、来年、都内でも有名な単館系映画館が閉鎖になるという話があった。さらに、デジタル対応への遅れから、今後、単館系映画館は厳しくなるという。残念なことだ。

時代の流れを受け入れたくないというのではない。単館系映画館が無くなっていくと、海外の優れた映画を観る機会が激減するに違いないからだ。シネコンで上映される映画は、ハリウッド映画と日本映画ばかりだからね。北欧にも、東欧にも、アジアにも、中東にも、秀逸な映画はけっこうあるのだ。単館系映画館には頑張って欲しいと心から思う。映画好きは、映画館へ脚を運びましょう。ということで、久しぶりに、観たい映画5+1本。

ノルウェイの森
公開が待ち遠しかった。観たい映画リストのナンバー1に挙げた理由は一つ。「青いパパイアの香り」のトラン・アン・ユン監督が村上春樹を口説き落として映画化したものだから。ちなみに監督はヴェトナム人です。この作品は、アジア映画として観るのが、正しい見方だと思う。



白いリボン
カンヌでパルムドールに輝いたドイツの作品。ずしりと重そうな感じがするけど、やはり観ておかなくては、これは。おっと、すでに公開されている。



エリックを探して
来年春公開と聞いていたので、首が伸び切ってしまうんじゃないかと思っていた。でも、なぜか公開が今月25日になった。英国の至宝と呼ばれるケンローチ(監督)とポール・ラバティ(脚本)のコンビによるもの。僕は彼らのファンである。楽しみ。



ヤコブへの手紙
米国アカデミー賞作品にめぼしい作品は少ないけれど、どうやら外国語映画賞受賞作だけは別だと気づいた。2009年の受賞作はアルゼンチン代表の「瞳の奥の秘密」だが、同じ年のフィンランド代表が、この「ヤコブへの手紙」。なんとなく気になっている、アタリじゃないかと。



わたしを離さないで
Kazuo Ishiguro(カズオ・イシグロ)の小説"Never Let Me Go”(わたしを離さないで) が映画化された。映画化されると決まって、この春、原作を読んだ。先日、予告編を観て、なんとなく良さげだなあという気がしてきた。キャリー・マリガン、アンドリュー・ガーフィールド、キーラ・ナイトレイというキャスティングも魅力。キャリー・マリガン、可愛い。アンドリュー・ガーフィールドは「Boy A」の繊細な演技が忘れられない。



海炭市叙景
久しぶりに観たくなった日本映画。原作は佐藤泰志。村上春樹と同世代らしいが、これまで知らなかった。なんとなく匂うので観るつもり。観ると決めた映画については、これにかぎらず下調べしないことにしている。直感だから外れるかも知れないけれど、それもよし。



by naomemo | 2010-12-14 18:10 | シネマパラダイス

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以前取り上げたアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」は、現代のブエノスアイレスと四半世紀前のブエノスアイレスが舞台になっていた。四半世紀前のブエノスアイレスは、軍の圧政と汚職にまみれた暗黒の時代だったらしいことが端々から感じられ、それがまた映画にある種の深みを与えていた。ぜひもう一度、観たい。

そして今回取り上げる映画「シングルマン」は、キューバ危機が米国を襲っていた1962年、東海岸の街が舞台となっている。その前年、当時の大統領ケネディは、政権誕生1年目にしてベトナムに首を突っ込んでいる。米国がその後10年以上にわたって泥沼の戦争に足を取られることになろうとは、その時、誰も思っていなかっただろう。つまり、この映画の舞台は、黄金の50年代を経てまだ光り輝いていた米国ということになる。

どうして映画の話をするのに、こんな時代考証めいたことに触れたのかといえば、この映画に登場する男たちも女たちも、じつにスタイリッシュで光り輝いているからだ。当時、TVのブラウン管に映し出されていた華やかな米国的生活スタイルが、そこここに映し出されているからだ。ハリウッドが生み出した「理想のアメリカ」がここには輝いている。そして、あらためて、そこには生活の匂いが全くないことに、愕然とする。その意味で、この映画は見応えがあった。

そのシングルマンは、ゲイ作家の作品を、おそらくゲイの監督が撮った映画である。主人公もゲイである。ゲイだからこその、じつにシャープでスタイリッシュなカメラワークが印象的な作品である。

主人公の男は大学で文学を教えている。知性ゆたかな男である。だが、長年連れ添った愛人を交通事故で失ったことで、色あせた現在と、色あざやかな過去の狭間で生きている。鏡の向こうに、窓の外に、人の視線のなかに、喧噪になかに、つねに立ち現れる思い出に囚われている。つまり、知性的だが脆弱であり受動的でもある。その脆弱性はこの作品で重要なキーファクターになっていて、そのイメージを強化するために、彼をわざわざ硝子で出来た家に住まわせてもいる。

やがて新しい愛=現実の可能性が訪れる。それによって、男は一歩前へ踏み出すことができるのか。あるいは思い出の力によって過去へ引き戻されるのか。それにしても、この作品を観て、米国の人々は、どんなことを感じるのだろうか。日本でもけっこう好評のようで、ひきつづき単館を回っているのだが、観客は、この作品に何を感じているのだろうか。

監督はファッション・カメラマンのトム・フォード。主人公を演じているのはコリン・ファース。この人、古き良きアメリカの男というイメージ。そして女友達をジュリアン・ムーアが演じている。



by naomemo | 2010-11-26 09:20 | シネマパラダイス

やっぱ粋な監督だな

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一昨日、渋谷のルシネマで、スティーブン・フリアーズ監督の「わたしの可愛い人」を観てきた。じつにビターなエンディング。高級娼婦の豪奢と恋愛と失意を通して、20世紀初頭のベルエポックとその終焉をみごとに描いた作品。でも、それだけじゃない。ぼんやりと「いま」が透けて見えて来るから不思議なんだよね。同時代に生きているって、そういうことなんだろうね。こんな粋な時代の語り方もあるんだなあと感心しちゃいました。

さて、今朝、その映画の舞台でもあるフランスについてのニュースが耳に留まった。いまフランスでは歴史ブームが起きてるんだって。そこにコスプレ・ブームも合体して、ずいぶん盛り上がってる模様。特派員の説明ではブームの背景がいまいち伝わってこなかったけど、不況を背景にロマの排斥運動が起きていることなどを考え合わせると、つまりは内向きになってるということなんだろうね。これは世界的な現象だからね。どこの国も、「開く時期」と「閉じる時期」が交互にやって来るものなのかも知れないね。



by naomemo | 2010-11-05 09:05 | シネマパラダイス

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先週、水曜日の夜、シネセゾン渋谷で、アルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」を観た。じつにセンスのいい大人の映画で、エンターテイメントとしても見応えがあった。深々とした物語の最終ページともいうべきエンドロールが流れ始めたとき、思わず係の人を呼んで、「すみませ~ん、もう一度フィルムを回して貰えませんか~」と大きな声で頼んでしまった。もちろん口には出さなかったが、心のなかで、そう叫んでいた。そんな気分になることは、そうそう滅多にあることじゃない。

まず冒頭の、はかなく美しい吐息のようなカメラワークに酔った。やがてペンの音が聞こえる。初老の男がノートになにやら書き付けては破いている。同じことを、何度も、何度も、繰り返している。そのうちにこの男は、長年勤めた刑事裁判所を定年退職し、家族のいない孤独と、退屈な庭いじりに倦怠し、25年前に封印された、いったんは解決をみたはずの事件を素材に、小説を書こうとしていることが分かってくる。

いつしか映画で進行する物語と、彼が書いている小説の物語が溶け合い、映画という魔法のタイムマシンに乗って、現在と25年前を行ったり来たりする。そして観客も少しずつ真相に迫っていく。このあたり、じつによく出来たエンターテイメントである。あー、でも、これ以上は、書けません。ミステリー仕立てというか、刑事モノというか検事モノ的なストーリーでもあるので、お楽しみを奪ってはいけないからね。

でも、これだけでは何がどう面白いのか分からないよね。「瞳の奥の秘密」がどんな映画かと言えば…、そうだなあ…、もしも、レイモンド・チャンドラーがアルゼンチンのブエノスアイレスで生まれ育って「長いお別れ」みたいな物語を書いたとしたら、こんな大人の純愛物語になったかも知れないなあ、と。脚本家も監督も、おそらくチャンドラーのファンに違いなし。ヒッチコックのファンでもあるだろう。ただし、これはアルゼンチンの映画なので、英国的なシニカルさは有りません。じつに曖昧模糊とした言い方で申し訳ないけれど、これでビビッと来た人は、ぜひご覧くださいな。

ちなみに、この「瞳の奥の秘密」は、「人がそれぞれ内に秘めた変わらない情熱」というくらいの意味かな。人間の情熱は、美しくもあり、悲しくもあり、怖くもあるんだけどね。

登場人物は以下の通り。この映画の主人公であり小説の書き手である、元裁判所勤務のペンハミン・エスポシスト(リカルド・ダリン)、主人公の元上司(元判事補・現検事)のイレーネイレーネ・ネネンデス・ヘイスティングス(ソレダ・ビジャミル)、主人公の同僚でアル中のパブロ・サンドバル(ギレルモ・フランチェラ)、真面目な銀行員リカルド・モラレス(パブロ・ラゴ)、殺害されたモラレスの新妻リリアナ・コロト、リリアナと同郷のイシドロ・ゴメス(ハビエル・ゴディーノ)。まったく初見の俳優ばかりだけれど、いずれ劣らぬ名優ぞろい。脚本・監督ファン・ホセ・カンパネラにも注目ですね。



by naomemo | 2010-10-28 20:45 | シネマパラダイス

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先日、仕事帰りに、クレイジー・ハートを新宿で観て来た。今年の米国アカデミー賞で、主演男優賞と主題歌賞を受賞した作品である。

主人公のバッド・ブレイクを演じているはジェフ・ビリッジス。彼が観たくて足を運んだに等しい。相手役の新聞記者ジーン・クラドックを演じているのはマギー・ギレンホール。いうまでもなくマギーの方がキャリアは長いのだろうけれど、どことなく雰囲気がキルスティン・ダンストに似てるね。好きなタイプだ。

主人公のバッドは、一昔前まで、南部カントリー・ソングのジャンルで、シンガー・ソング・ライターとして人気を欲しいままにしていたらしい。しかし、酒グセと女グセの悪さがたたって、いまでは地方都市のドサマワリに身をやつしている。お決まりのごとくアル中であり、ニコ中である。そんなどーしよーもない初老の男が、ある日、子持ちの新聞記者ジーンの取材を受け、惹かれて行く。ジーンの方も、こういう男に惚れてはいけないと思いつつ、惹かれて行く。愛があり、別離があり、痛みがあり、そして再生がある。そう、これは再生をテーマにした物語なのだった。

この作品、ジェフ・ブリッジスを観たくて足を運んだんだけど、ジーンを演ずるマギーがじつに良かったね。繊細な心の動きが、表情の移ろいに透けて見えるのだ。思わぬ収穫というべきか。

ただ、この作品、「男ってどうしよーもーねーな的」物語として見ると、昨年観たレスラーの方が一枚上だったかもなあという気がする。峠をとうに越えて、まるでボロ雑巾のようになったプロレスラーを、ミッキー・ロークが演じているんだけど、これがもうなんていうか、ミッキー・ロークの生き様のまんまなのだった。まさにハマリ役だったよ。

それに比べると、ジェフ・ブリッジズは、いくらグダグダになってても、育ちの良さが滲み出てるんだよねえ。見終わった後、そこがいまいち、と思った。だけど、しばらくしたら、アメリカ南部の人って、きっと、あんな感じに人がいいんだろうなあという気もしてきた。それはそれで、なかなか捨てたもんじゃないなと思えて来たよ。




by naomemo | 2010-06-30 09:10 | シネマパラダイス

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以前ここでも取り上げたけれど、やっぱり「ザ・コーブ」の影響が出てきた模様。太地町のイルカ漁に対して、国内からも抗議が殺到しているらしい。こういうのは、見ていて、ちょっと辛い。もう少し、あとさきを考えて欲しいものだ。

動物愛護の精神も分からないわけじゃないけれど、行き過ぎると、かえって仇になりかねない。米国映画「ザ・コーブ」は、政治的プロパガンダの匂いが強い。まっとうなドキュメンタリー映画とは考えない方がいい。そもそも食文化というのは、民族や地域によって相違があるものだ。その文化的な違いを無視した一方的な主張には、一定の距離をおくのが大人の対応だと思う。

そういえば、ダニー・ボイル監督作品に、動物愛護がもたらす問題を皮肉たっぷりに取り上げた「28日後…」ってのがあった。ゾンビ映画なんだけど、けっこう文明批評的な視点があって面白い。



by naomemo | 2010-03-29 08:03 | シネマパラダイス

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先日、ソニー・ピクチャーズの試写室を見せてもらった。じつに贅沢な空間だった。ゆったりした椅子の座り心地もよし。長く座っていても疲れないだろうね。ほんと、カンフォタブルだった。ピーコさんもいらしてた。

そして、4月公開予定の「月に囚われた男」も堪能させてもらった。もともと公開されたら見る予定でいたから、これはもう僥倖というほかない 。感謝。未公開なので、感想メモはサワリだけにしておこうと思う。

舞台は、月の裏側にある希少資源ヘリウム3の採掘基地。その基地に派遣されているのは男一人。その名はサム・ベル。契約期間は3年。仕事の内容は、一日一回、採掘されたヘリウム3をポッドに詰めて地球に送る作業のみ。それ以外の時間は、筋力トレーニングをしたり、マシンの上を走ったり、家族が住む町のミニチュアを作ったり。じつに孤独な時間、孤独な空間である。よく気が狂わないものだと思うけれど、それもあと2週間で契約終了となり、地球に帰還する予定だ。

その、残り2週間になって、基地の外で事故を起こす。どうやら体調不良が原因のようだ。ここから物語は思わぬ方向へ展開していく。

コンピュータのガーティ(声:ケヴィン・スペイシー)が話相手にはなるし、遠く離れた家族の映像が心のよすがになるのだけれど、3年間も地球の裏側の基地に一人で暮らす孤独とは、どのようなものなのだろうか。そして、その孤独は、心と身体をどのように蝕むものなのだろうか。その孤独な3年という歳月によって擦り切れたサム・ベルと擦り切れる前のサム・ベルを、見事に演じ切っていたのは、「グリーン・マイル」や「ジェシー・ジェームスの暗殺」で代替の利かない演技を見せていたサム・ロックウェル。彼なくしては、この作品の印象はずいぶん違ったものになったかも知れない。それほど素晴らしい演技だった。しかも、彼はこの作品のなかで、一人三役をこなしているのだ。

それにしても、なんて悲しい物語なんだろう。

この懐かしくも悲しい作品の若き監督は、ダンカン・ジョーンズ。わずか5億円という予算で、したがって手作り感覚満載で、これだけのものを作りあげた力量は賞賛に値する。調べればすぐ分かることだからメモしておくけれど、彼は、あのデヴィッド・ボウイの一人息子でもあるのだった。



by naomemo | 2010-03-05 07:40 | シネマパラダイス