イラン映画3本




先週の土曜日にイラン映画3作品上映会がイラン大使館で開催された。このイベントは現代イスラム研究者の宮田律氏によるプロデュース。3作品とも未見だったこともあり参加し堪能した。

1本目はアッバス・キアロスタミ「風が吹くまま」。アッバス・キアロスタミといえば「オリーブの林を抜けて」「桜桃の味」「トスカーナの贋作」などで知られる、イランを代表する映画作家である。小津安二郎の影響を強く受けているとされる。作品の舞台はクルド人の村。クルド人の老婆の葬儀を撮影できる機会に恵まれ取材に訪れた主人公とクルー(姿は見えないが)。しかし、老婆は元気でいっこうに葬儀には至らない。その間、主人公と村人の間に、たゆたうような時間が流れる。どこか懐かしい感触が残った。なんだろうと思い巡らしていて気づいた。それはおそらく、トルコ、イラン、イラク、シリアの国境に分断されて生きざるを得ないがゆえ生まれたであろうクルドの村人達の諦観のようなものが、国土が複数のプレート上に存在するがゆえに、大地震、火山噴火、津波、河川の氾濫、土砂崩れなどの自然災害に頻繁に見舞われる我々日本人の心象に相通じるところがあるからに違いない。(昼食後の睡魔に襲われ、うつらうつらしながら観たので自信はないけれど、、、。)

2本目はアスガー・ファルハディ「ある過去の行方」。アスガー・ファルハディは、このブログでも以前取り上げているように、縁あって、彼の4作目「彼女が消えた浜辺」、5作目「別離」を観ていた。が、6作目にあたる「ある過去の行方」は見逃していたので楽しみにしていた。前2作から、この映画作家は人間の「嘘」と「秘密」に強い執着を示していると感じていたが、作品を重ねる毎に、深みが増す。ことに今作は「嘘」と「秘密」が織りなす深い森に迷い込んだかのような印象を受けた。見終わってからミステリー仕立てにもなっていることに気づいた。次回作がますます楽しみになった。

3本目はモハマッドメディ・アスガルプール「我が家のお客様」。この映画作家の存在はまったく知らなかった。それもそのはずで、おそらく彼の作品はまだ日本国内の映画館では未公開だと思う。唯一、昨年、やはり同じイラン大使館で上映されたのみではなかろうか。将来公開されるかも知れないので少しだけ。画面には映し出されることはないが、おそらく1980年に始まり1988年に停戦を迎えたイラン・イラク戦争が物語の背景にある。その爪痕が、老夫婦の晩年をより悲しく切ないものにしている。心に染みる作品だった。

時折イラン映画を観るようになったのは、そんなに昔のことではない。2009年の5月に恵比寿にある東京都写真美術館で野町和嘉氏の「聖地巡礼」を観たことがキッカケとなった。驚きに満ちあふれた写真の数々のなかに、一枚、イランの女子高生たちと思しきスナップショットがあった。そこに写っていた目がとても印象的で、しばし立ち止まって見入っていた。昨今の日本ではとんとお目にかからない、思慮深く、強い光を湛え、生き生きと輝く目。感動のようなものを覚えた。写真のキャプションに、イランはその昔ペルシャと呼ばれた国で・・・、と書かれていた。その時はじめて、自分が、いつのまにか欧米の色眼鏡を通してしかイランを眺めていなかったことに気づいた。ちょっとしたカルチャーショックだった。

(追記)
お礼の意味もかねて、この感想を宮田さんにお送りしたところ、現代イスラム研究センターのFacebookにリンクを貼ってご紹介頂いた。宮田さん、有り難うございます。
現代イスラム研究センター

by naomemo | 2016-03-07 17:44 | シネマパラダイス