311から丸4年


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2011年3月11日14時46分。突如、激しく長い揺れに襲われた。収まったかと思うと揺れ、収まったかと思うと揺れた。建物が崩壊する悪夢のようなイメージに捕われながら、オフィスの書棚を支えていたことを思い出す。どれくらいの時間が経過しただろうか、やや落ち着きを取り戻した途端、とても激しい渇きを覚えた。

コンビニに向かった。食品が消えていた。かろうじて残されていたミネラルウォーターを二本買ってオフィスに戻った。インターネットは生きていたが、電話は繋がらなかった。公共交通機関は機能不全となっていた。皇居を中心に放射線状に広がる東京の道路は、職場を離れ自宅へ徒歩で移動する人々で埋め尽くされていた。まるで蟻の大群がゆっくり移動しているかのようだった。

自宅にたどり着いたのは真夜中だった。テレビ画面に映し出された津波の映像を見て愕然した。翌朝、福島原発がメルトダウンしたという報道が流れた。

内部被曝や除染に関わる専門家、東京大学先端技術研究センターシステム生物医学教授の児玉龍彦氏によれば、福島原発事故で漏出した放射線量は、熱量換算で広島の原爆の30倍、ウラン換算で20倍とのことだった。その影響が本格化するのは、おそらくこれからである。

東京電力と政府の対応の杜撰さ、想像力の欠如については、もはや云うまでもないだろう。しかし、我が身を振り返って、同様の症状にまったく陥っていなかったかどうか。そう思ったらなんだか落ち着かなくなった。

そして、自分自身を再生する試みが始まった。どれほどの成果が上がっているか、まったくもって定かではないが、その時の気持ちを風化させないために、5年目の311に記しておこうと思う。

最後にひとこと。東京オリンピックの成功より、まずは福島の再生を。

by naomemo | 2015-03-11 07:09 | ノン・カテゴリー