イニャリトウ×バルデム

c0112103_15494959.jpg


およそ十ヶ月ぶりに足を踏み入れた映画館は、場末の二番館。場末なんて書くと叱られるかも知れないけれど、三軒茶屋に昔からある三軒茶屋中央劇場は、建物の外観といい、設備の古さといい、銀幕を覆う古びた深紅の緞帳といい、緞帳の色にマッチした深紅の客席といい、まさに「場末の映画館」を絵に描いたような劇場なんである。場末と言って悪ければ、昔の映画館である。

でも、この場末感を味わいたくて、ここに来た。観たかったけれど見逃していた作品、"Biutiful"(ビューティフル)がかかっていたし。題名が"Beautiful"と綴られず、"Biutiful"となっていることには、もちろんそれなりの意味があるけれど、それは観た人には伝わるから、ここでは触れない。二言三言で伝わるようなことじゃないし。

イニャリトウ監督を知ったのは、ショーン・ペン主演の「21グラム」によってだった。けれど「観たい映画監督の一人」になったのは、「バベル」という作品を通じてだった。ただ、ガエル・ガルシア・ベルナルの出世作ともなった「アモーレス・ペロス」から前作「バベル」に至るまで、なんとなくリクツっぽさが拭えないところがあった。アタマで作ってる感じが否めなかった。それが、この「ビューティフル」では一掃されていた。

いうまでもないことだが世界はとても複雑怪奇であり、だからこそイニャリトウはその複雑さを描くために、さまざまな手法を試してきたように見えるのだけれど、今回の作品は、その器用さを捨て去って取り組んだように見えた。映画のなかの物語は、太く真っすぐに伸びる一本の道だった。じつにシンプル、そして深かった。いや、じつは複雑な問題を扱っているんだけれど、太い幹があって、こんもりとした枝葉がある、そんな体裁になっているからストンと腑に落ちる。

舞台はスペイン、バルセロナの裏町。そこで呻くように生きる一人の男を、二人の幼子の将来を案じながら生きる父親を、別れた薬物依存の妻をどうにか受け入れようとする夫を十全に演じているのが、ハビエル・バルデムである。世界がじつに息苦しい状況にあるということが、バルデムという俳優の身体を通じてズッシリと伝わって来た。ノーカントリーのバルデムも凄みがあったけれど、ここでのバルデムの存在感は並みじゃないね。

もう一回観たいなあと、そう思いながら、この作品を観るには、結果的に最高の環境だった三軒茶屋劇場を後にしたのでした。この映画を観るのに、シネコンという環境は似合わないでしょう。




by naomemo | 2012-02-03 12:16 | シネマパラダイス