薄暮のような香りがする

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先日、新宿紀伊国屋に予約しておいたアティーク・ラヒーミー「灰と土」を引き取りに行ったついでに店内をぶらぶらしてたら、二冊の本が目に止まった。ヤスミナ・カドラの「テロル」山田太一の「空也上人がいた」。すぐにも読み始めるつもりだったけど、図書館から借りていた山歩き本に時間を取られて手がつかず。でも、ようやく「空也上人がいた」に手が伸びて一読した。どうも狐につままれたような気分だったので、ゆっくり読み直した。それでもまだ霧が晴れ切らずモヤモヤしてるんだけど、ここでちょっとメモを。

おもな登場人物は、男二名、女一名、そして三毛猫が一匹、空也上人の木彫立像が一体。

中津草介27才、独身。物語の語り手。大学の経済学部を卒業するも折悪しく就職難に遭遇。けっきょくヘルパー2級の資格を取得して特養(特別養護老人ホーム)に介護人として勤務。2年4ヶ月ほど過ぎた頃、介護していた老婆を死なせたことを悔いて辞職するも、ケア・マネジャー重光雅美の計らいで、身寄りのない老人・吉崎征次郎の介護につく。

重松雅美46才、独身。市の保険公社に所属するケア・マネージャー。申請があった高齢者に、どの程度の支援や介護が必要かを判断したり、施設に割り振ったりする専門員。中津草介が辞職したことを知って、一人暮らしの岩崎老人に介護人として推薦する。老人は過去に二度、女性ヘルパーを追い出しているのだが、中津草介のことは気に入って介護を任せる。

吉崎征次郎81才、妻に先立たれ、身寄りなし。持ち家に独り住まい。これまでに二度、重光が紹介した女性ヘルパーを気に入らず追い出しているが、それは重光にひそかに心を寄せていたたことに原因があるらしい。中堅証券会社勤務していた四十代半ばに、自分の不注意で見知らぬ他人の親子を死に追いやった経験を持つ。それが老いた今でも刺となって残っている。

三毛猫、年齢不詳。雄か雌かも不明。吉崎老人宅の周辺を縄張りにしているようだ。物語に直接関与してくるわけではないが、この三毛猫が登場する場面が三度あり、いずれの場面もそこで空気の流れ変わるように感じる。異界と俗界の境界に住む守り神にも見えるけど、さて、どうなんだろう。

空也上人の木彫立像。京都は東山、そのむかし現世と冥界の境といわた六道の辻ちかくにある六波羅蜜寺に所蔵されている。物語のなかで、中津青年が吉崎の指図で訪ね、吉崎も50代で訪ねている。この立像は、下から見上げると目が厳しい光を放つものらしい。

物語の展開については書かないけれど、読み解くキーワードは、生命、嫉妬、老い、闇、そして異界、かなと感じている。どれも山田太一ワールドではお馴染みなんだけど。そして、若い男、中年の女、老いた男が醸し出す不思議な三角関係を通じて、老いてなお生きることの意味が浮き彫りにされる作品、ということになるだろうか。

ちなみに、僕は以前から山田太一のファンで、その理由のひとつは、彼は男巫(おかんなぎ)ではなかろうかと感じるところがあるからだ。この最新作も、そうした印象が強い。時代が彼の身体を媒介にして物語を伝えたがってるような。ちなみに山田太一は現在77歳だというから、この作品に登場する吉崎老人に近い年齢である。

肯定でもなく、否定でもなく、薄暮のなかを寄り添って歩くように読んだ。

by naomemo | 2011-05-25 09:12 | 音楽から落語まで