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スタイリッシュな作品。シングルマン

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以前取り上げたアルゼンチン映画「瞳の奥の秘密」は、現代のブエノスアイレスと四半世紀前のブエノスアイレスが舞台になっていた。四半世紀前のブエノスアイレスは、軍の圧政と汚職にまみれた暗黒の時代だったらしいことが端々から感じられ、それがまた映画にある種の深みを与えていた。ぜひもう一度、観たい。

そして今回取り上げる映画「シングルマン」は、キューバ危機が米国を襲っていた1962年、東海岸の街が舞台となっている。その前年、当時の大統領ケネディは、政権誕生1年目にしてベトナムに首を突っ込んでいる。米国がその後10年以上にわたって泥沼の戦争に足を取られることになろうとは、その時、誰も思っていなかっただろう。つまり、この映画の舞台は、黄金の50年代を経てまだ光り輝いていた米国ということになる。

どうして映画の話をするのに、こんな時代考証めいたことに触れたのかといえば、この映画に登場する男たちも女たちも、じつにスタイリッシュで光り輝いているからだ。当時、TVのブラウン管に映し出されていた華やかな米国的生活スタイルが、そこここに映し出されているからだ。ハリウッドが生み出した「理想のアメリカ」がここには輝いている。そして、あらためて、そこには生活の匂いが全くないことに、愕然とする。その意味で、この映画は見応えがあった。

そのシングルマンは、ゲイ作家の作品を、おそらくゲイの監督が撮った映画である。主人公もゲイである。ゲイだからこその、じつにシャープでスタイリッシュなカメラワークが印象的な作品である。

主人公の男は大学で文学を教えている。知性ゆたかな男である。だが、長年連れ添った愛人を交通事故で失ったことで、色あせた現在と、色あざやかな過去の狭間で生きている。鏡の向こうに、窓の外に、人の視線のなかに、喧噪になかに、つねに立ち現れる思い出に囚われている。つまり、知性的だが脆弱であり受動的でもある。その脆弱性はこの作品で重要なキーファクターになっていて、そのイメージを強化するために、彼をわざわざ硝子で出来た家に住まわせてもいる。

やがて新しい愛=現実の可能性が訪れる。それによって、男は一歩前へ踏み出すことができるのか。あるいは思い出の力によって過去へ引き戻されるのか。それにしても、この作品を観て、米国の人々は、どんなことを感じるのだろうか。日本でもけっこう好評のようで、ひきつづき単館を回っているのだが、観客は、この作品に何を感じているのだろうか。

監督はファッション・カメラマンのトム・フォード。主人公を演じているのはコリン・ファース。この人、古き良きアメリカの男というイメージ。そして女友達をジュリアン・ムーアが演じている。



by naomemo | 2010-11-26 09:20 | シネマパラダイス