金と千両みかん

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古典落語に「千両みかん」という演目があります。暑い夏、大店の若旦那が急に患い、明日をも知れぬ重病になるのだけれど、医者の見立てによれば、気の病だという。なにを思い煩っているのかと父親の旦那がいくら尋ねても、ラチがあかない…。

そこで、気心の知れた番頭さんが呼ばれ、若旦那から患いの種を聞き出すことに。ここまでは、ほとんど「崇徳院」と同じような展開なんだけど、ここから先がちと異なる。恋慕う相手というのは、どこそこのお嬢さんじゃなくて、先の暮れに紀州で巡りあった、ハリがあって、ツヤツヤしてて、瑞々しくて、香りのいい「みかん」だというのだ。番頭さん、思わず吹き出しながら、後先を考えず、手に入れてきましょうと安請け合いをしてしまう。

いまでこそ品種改良やら特殊な栽培方法で作られたみかんはあるのだろうけれど、この演目は江戸中期に出来上がったもの。しかも時節は夏の土用と来ている。みかんなど、容易に手に入るものでもない。けれど、そこは落語のお噺、あちこち脚を棒にして探しまわってみると、ある問屋の蔵の奥に、1個だけ腐らずに残っている。値段を聞けば、千両だという。まさか。でも、大店の旦那は、息子の命が助かるなら、千両など安いものよ、と。

みかんを、ひとふさずつ、おいしそうに食べる若旦那を眺めながら、番頭さんは考え込んでしまう。将来「のれんわけ」される時にいただける支度金は、はて、さて、三十両だろうか、五十両だろうか。ところがいま目の前にある「みかん」は、ひとふさが百両。番頭さん、何を勘違いしたか、欲に目がくらんだか、「父さんと母さんに」と若旦那が残したふたふさを、ガバと掴んで逃げ出してしまう。

ほんと、バカバカしいお噺なんだけれど、でも笑ってばかりもいられません。これ、いま、実際に世界の金市場で起きつつあることに似ているんですね。桁違いのマネーを運用しているファンドや欧米の富裕層は、いわば大店の旦那です。大量に増発されて価値がどんどん薄まっている通貨の現状を前にして、彼らは、全世界の地上在庫がプール3杯半ほどしかない金の現在の価格をどう見ているでしょうか。

だって、みかん一個が千両ですよ。それを安い物だという旦那がいるんです。これはもちろん落語なんだけれど、おなじ人間の考えること、実際にあっても不思議じゃありません。その結果、下手をすると、数年後、金には、信じられないような高値がつく可能性だってないとは言えません。もちろんバブルの果てのことに違いないだろうけど、その時になって冷静じゃいられなくなるのは果たしてこの番頭さんだけと言い切れるだろうか。

画像出典:
http://www.mikanfarm.com/hinnsyu/kuradasi/kuradasi.html

by naomemo | 2009-11-26 08:33 | 音楽から落語まで