「談志の迷宮 志ん朝の闇」を読む。

c0112103_13191372.jpg


落語で昭和の三大名人といえば、古今亭志ん生、桂文楽、三遊亭円生ということになっている。その後、四天王と呼ばれたのが、古今亭志ん朝、立川談志、三遊亭円楽、春風亭柳朝(あるいは橘屋円蔵)である。なかでも志ん朝と談志は、群を抜いていたこともあって、比較されることが多い。

また、談志ファンは志ん朝も好むが、志ん朝ファンは談志を好まないとも言われている。統計的にどうなのか知らないが、僕自身も志ん朝ファンで、これまで談志は積極的には聴いていない。

なぜか。たとえば、落語のどこが好きかという質問に対する二人の答えを聞けば、その違いは明瞭だと思う。志ん朝には「狐や狸が出てくるところ」と答えて憚らない洒脱さがある。理屈は言わない。すべては高座に表れるとする潔さがあるように感じる。一方の談志は「人間の業を肯定しているところ」と答えるデモーニッシュな理論派である。落語にテーマ性を持ち込んだ、革命児としての顔がある。かたや粋、かたや無骨といっても良いだろう。ようするに落語に対する考え方、姿勢、態度がまるきり違うのだ。

そんなことから、古くからの落語ファンが「談志の迷宮 志ん朝の闇」というタイトルを見たら、こうした事情を思い浮かべながら、この本を手に取るに違いない。しかし、そうなると、おそらく期待外れになるだろう。この本は、談志と志ん朝の違いを深く掘り下げているわけではないからだ。本人が付けたのか、版元が付けたのか知らないが、ひょっとしたら、このタイトルがマイナスになって、評価を下げているかも知れない。

でも、あくまでも落語ネタのエッセイ集、あるいは「落語が僕の先生だった」といった趣きのエッセイ集と思って読めば、それはそれで十分に楽しめる一冊ではある。若い頃から、落語が著者の生活の一部としてあったらしいことも伝わってくるし、著者の落語に対する愛情は本物だろうとも感じるからね。こういう入門書があってもいいんじゃないかとも思う。僕はこの本を読んで、そろそろ談志を聴いてみようかなと思い始めている。

取り上げられている落語ネタは次の通り。文七元結、富久、笠碁、付き馬、試し酒、鰻の幇間、雑俳、明烏、黄金餅、垂乳根、宮戸川、化物使い、馬のす、火事息子、芝浜。

著者は、立川末広。この人、並外れた競馬好きのようでもあります。

by naomemo | 2009-06-24 07:05 | 音楽から落語まで