哀愁ただよう、黒門町の「鰻の幇間」

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落語には、ときおり幇間(ほうかん)が登場する。幇間という言葉はもはや死語の類いだろうから、「たいこ持ち」と言った方が通りは良いかも知れない。いやいや、幇間という職業そのものが絶滅しかけているのだから、呼び名を変えたところで、ちゃんと伝わるとは思いにくい。じっさい僕自身も、本物に出会ったことはない。あくまでも、本や、映画や、ドラマや、落語のなかで出会うだけだ。

幇間とは、旦那衆のお座敷遊びを盛り上げる、あるいはお客さんをヨイショして気持ちよい時間を過ごしてもらう、という役割を受け持つ職業だろう。つまり遊びのサポート役なのだから、落語でも主役は張りにくい。「愛宕山」に登場する脇役としての存在感くらいが似つかわしいだろう。

まれに主役で登場することもあり、その場合はドジな幇間と相場は決まっている。暑い夏の昼下がりの出来事を描いている「鰻の幇間」は、その代表格といってよいだろう。主人公の幇間は、もともと置屋に籍をおいていたようだが、何かしくじりでもしたか、いまは旦那衆のお宅を訪れて引っぱり出すアナ釣りやら、町を流して旦那衆を捕まえるオカ釣りが専門である。つまり、「野だいこ」ってやつだね。

あっちも留守、こっちも留守。けっきょく町を流し、ようやく捕まえたのが浴衣姿の旦那。どこかで会っているようだが、思い出せない。いろいろ駆け引きしながら情報を探り出そうとするが、テキもさるもの、なかなか尻尾はつかませない。やがて旦那の案内で連れて行かれたのが、見てくれは汚いが鰻は絶品(?)、という店だった。

先に上がってくれと言われて二階が上がってみると、たしかに汚い店。なにやら不安を感じるも、旦那に向かってそんなことは口が裂けても言えない。新香をつまみながら杯をぼちぼち重ね始めるや、もう鰻が運ばれてくる。早すぎるんじゃないか?すると、旦那が、ちょいと厠へと言って席を外す。一人手酌で進めるうち、なかなか戻ってこないことを不審に思って厠へ向かうと、そこはもぬけのから。一杯食わされた。土産に三人前も持ち帰られ、商売道具の上等な下駄まで盗まれ、という始末。

その間の独り言やら、女中とのやりとりがじつに面白いのだが、何度か聞いているうちに、疑問が浮かんでくる。あの旦那はいったい何者なんだろう?落語にワルは登場しないのが定石なんだが、この旦那はクセ者である。主人公を野だいこと知っての悪さに相違ない。ひょっとしたら、同業の野だいこか。はたまた野だいこ狩りか。

野だいこという存在は、その図々しさ、その狡さ、その調子の良さで、庶民から敬遠されていたに違いない。でも、人のいいドジな野だいこが、ここまでやられると、さすがに酷だなあという思いが湧いてくる。そのあたりの機微をそこはかとなく伝えてくれるのが、黒門町こと八代目桂文楽。どことなく哀愁がただよう噺に仕上がっている。

by naomemo | 2009-06-11 07:03 | 音楽から落語まで