奇妙な駄作「レイチェルの結婚」

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今年もここまで素晴らしい映画になんどか出会うことができた。もちろん、観たかったのにチャンスを逃してしまったという作品もあるが、それはそのうち名画座で観るか、WOWOWで観るか、ということになるだろう。

その一方で、前評判が高かったのに、大はずれもあった。僕が観たなかでは二本。一本は「チェ 28歳の革命」。おかげで「チェ 39歳 別れの手紙」まで観る気にはなれなかった。名前は出さないけれど、仕事とはいえベタ褒めしていた映画評論家がいた。彼の褒める映画はおそらくもう観ることはないだろう。そしてもう一本は昨日観た「レイチェルの結婚」。

映画ファンが映画を批判するのは御法度なんだけど、今回は、赦して。はっきり言って、どちらも作品全体としては評価に値しないと思う。ただし、「レイチェルの結婚」の方は、それなりに見どころはあった。薬物依存の妹キムが、姉レイチェルの結婚式を控えて更生施設から仮退院してきた姿を追うドキュメンタリータッチのカメラワークはキムの不安定な状態をよく表現していたし、薬物依存から立ち直ろうとするキムを演じるアン・ハサウェイは魅力的だったし、家族の光の部分を受け持つ姉と陰の部分を受け持つ妹の「運命的な対比」も辛いけど見事だったし、結婚式の前々日に両家の親族が集まって催された内輪のプレ・パーティの演出も面白かった。

そこまでは、良かったのだ。ところが物語は不思議な展開を始めてしまう。そこから時間が経過し、場面も翌日に移動し、また揉め事があり、過去の事件が紹介され、姉の嫉妬と空虚が描かれ、親子のいさかいがあり、インド式の結婚式となるのだが、それがまたじつにだらだら延々と続くのだ。多国籍の音楽を聴く楽しみがあるとはいうものの、観客は、いや少なくとも私は、「いったいどこへ連れて行くつもりなんだろう?」という疑問から逃れられなくなった。

映画を観て一日経って、脚本の構成に原因があるのだなと思い当たった。人はそれぞれ描けているし、センスも申し分ないように思えるし、役者も揃っているのに、あれも言いたい、これも言いたいという気持ちが強すぎて、あるいは感情移入が行き過ぎて、脚本も演出も「観る側の目」を見失ってしまったのかも知れない。その結果、ひょっとしたら素晴らしい作品に仕上げられたかも知れないのに、「いったい何がいいたいの?」と思われるような、奇妙な駄作になってしまった。もし、映画の舞台が、あのプレ・パーティから離れなかったら、おそらく別の展開があっただろうと思う。

監督は「フィラデルフィア」「羊たちの沈黙」のジョナサン・デミ。脚本は、あとで知ったのだが、「12人の怒れる男」「その土曜日、7時58分」の監督シドニー・ルメットの娘、ジェニー・ルメット。彼女にとって初脚本らしいから、じつにもったいないことをしたと思う。

編集し直したら、秀作になるんじゃないか、と思ったりする。



by naomemo | 2009-06-07 21:30 | シネマパラダイス