コイントスの恐怖「ノーカントリー」

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頭のなかに、小泉の郵政選挙のことがある。でも、政治のことなんて書きたくないので、昨年日本で公開された映画、コーエン兄弟の傑作スリラー「ノーカントリー」について書こうと思う。

スクリーンの前で、2時間あまり、胃袋を鷲づかみにされながら見入っていたことを、いまでも身体が覚えている。原題は“no country for old men”。これは、イエーツの詩の一節だという。「老人に住む土地なし」というくらいの意味だろうか。

猟に出かけたモスが、銃撃戦の痕を発見する。そこで麻薬絡みの大金が入ったバッグを拾う。一人、息のあった男のことが気にかかり、その夜、モスは現場に戻る。それが運の尽き。ギャングたちに見つかり、なんとかその場は逃げ延びるものの、置き去りにした車から身元がばれる。そこから、冷酷かつ残忍な殺し屋シガーに、執拗に、最後まで、追われることになる。筋立てとしては、じつにシンプルなスリラーである。

ただ、この作品に登場する殺し屋シガーは、ちょっと特別な存在である。圧倒的な存在感を放っている。たとえば、出会った相手に、いきなり「call it, friend-o(表か裏か、どっちだい?)」と言ってコイントスをするシーンが、再三出てくる。答えを迫られる方にしてみれば、見知らぬ男のそんな質問に答える義務などあろうはずない。しかし、しばらくするうち会話がまったく成立しない相手であることに気づく。そして、表か裏かを提示しないと何が起きるか分からないことに、否応なく気づかされる。ハビエル・バルデム演じる殺し屋には、それほど有無を言わさぬ凄みがあるのだ。

映画を見終わったあと、胃のあたりを撫でながら思ったものだ。表か裏かと問うことは、第3、第4の選択肢をあらかじめ封印するための方法なんだろう、と。その他の選択肢もあるに違いないのだが、いかにも正反対のものを並べられて言い立てられると、イエスかノーのどちらかになってしまうのかも知れない。人間にはそういう心理的な弱さがあるのかも知れない。殺し屋シガーは、そこを突いているから、よけい怖いのだろう。

ノーカントリー以来、賛成か反対かの二元論は、じつに暴力的なんだと思うようになった。それにしても、稀にみる傑作だと思う。

原作:コーマック・マッカーシー、脚本・監督:コーエン兄弟、ベル保安官:トミー・リー・ジョーンズ、追う殺し屋シガー:ハビエル・バルデム、逃げる男モス:ジョス・ブローリン、モス夫人:ケリー・マクドナルド





by naomemo | 2009-06-03 07:00 | シネマパラダイス