禁煙37日目 じつに目出たい、志ん朝「火焔太鼓」

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半年前まで、世界に冠たる超優良企業と言われていた大手企業が、この時期になって軒並み人員削減に動いている。さすがに心中穏やかではいられない。国際展開が進んでいる企業ほど、海外需要の後退と円独歩高のダブル効果で厳しいのは、皮肉なことだと思う。それほどに厳しい状況とはいえ、この寒い年末になって、いきなり仕事と住まいの両方を奪う結果になってしまうのは辛いことではあろう。さらに、下請け、孫請けという構造に人材派遣がからんで、問題がより複雑になっているようでもある。しかし、それでもなお、もちっとましな対応が出来ないものだろうかと思う。

さて、そんなことを思いつつ、志ん朝の火炎太鼓を聞き始め、マクラを楽しんでいるうちに、いつのまにか江戸時代にワープして、気持ちがホクホクと温もってきた。

世の亭主ってのは、古女房に、ほんと、頭が上がらないんだねえ。なによりもまず口数からして亭主は気持ちよく負けてます。喋っているうちに、あれれ、いつのまにか旗色が悪くなっているのだ。偉そうに見える亭主ほど、じつは内心、古女房が一番怖いのだねえ。というか古女房に弱いんだねえ。

「火焔太鼓」の主人公は、古道具屋の主人甚兵衛さん。毎度毎度、二足三文の品ばかり仕入れきては損ばかりしてるだの、客あしらいからしてなってないだの、小言ばかり言われている。もう、さんざんである。ところが、そんなお人好しで商売下手な甚兵衛さんにも僥倖は訪れる。たまたま仕入れて来たホコリを被った年代ものの太鼓の掃除を、下働きの甥の定吉に頼んだところ、掃除をよそに、ドンドンドドドン、ドドドンドーン…と太鼓を叩いて遊んでいる。そこへたまたま通りかかった殿様の耳に止り、のちほど屋敷に呼ばれて、世に二つとない太鼓だと知らされ、三百金で買い上げられることになる。あとでその話を亭主から聞いた古女房の喜びようったらないのだ。だって、一分二朱で仕入れた太鼓が三百金で売れるなんて、富くじに当たったようなものだもの。

ほんと、どうってこともない噺。でも、亭主と古女房、亭主と殿様の使いとの間で交わされるやりとりが、なんともばかばかしく、目出たく、愉快なのだ。そして、悪意のない庶民の頭上にこそ僥倖は訪れるのが古典落語の文法なんだよと、志ん朝はそれとなく私たちに気づかせてくれているようにも思えてくるのだ。じつに温かい気分になれる、この年末、おすすめの一席であります。

ちなみに、この録音は1999年。物故される2年前。声にも話し方にも年季が入っています。

by naomemo | 2008-12-17 07:00 | 音楽から落語まで